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APNIC理事選挙を振り返って ~ インターネットの基盤運営機構を守るために

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JPNIC政策主幹の前村です。年間の進行が国際会議によって支配されている我々の業務において、2月の後半はAPRICOT(Asia Pacific Regional Internet Conference on Operational Technologies)の時期。今年は2023年2月20日から3月2日まで、フィリピン・マニラのSofitel Philippine Plaza Manilaホテルで開催されました。これからいくつかの記事や報告でAPRICOT2023に関してお話ししていくと思いますが、本稿では、APNIC理事会(Executive Council, EC)選挙に関連するお話をします。

私自身も7年前まで理事を務めていましたが、JPNIC理事であるIIJの松崎吉伸さんが、2019年から2期4年にわたって理事を務め、3期目に向けて理事選挙に出馬していました。結果から言えば、トップ当選を果たして一安心。即日JPNICからもアナウンスを出しましたが、選挙期間中は不正行為の疑いで騒がしい選挙でした。JPNICとしては、これらの不正行為を効果的に防ぐことができなければ、今後のAPNICの安定的な運営に大きな懸念を残すと深刻に捉えたので、「APNICの統治機構強化に関する要請」と題した書簡を、選挙結果が公表された直後に、APNIC理事会に宛てて送付しました。この書簡は翌日3月3日に、JPNIC Webでも公開しました。(和文)(英文)本稿で述べることの要旨はこの書簡で簡潔に述べられていますが、本稿では背景情報やこの書簡に込めた思いなどを、示したいと思います。

 

何が起こったのか

今年の選挙が前回までの選挙と違うのは、Code of Conduct for EC Nominees(理事選挙候補の行動規範)(以下、CoC)という明示的なルールが新たに設けられて、候補はこれを遵守することが求められていること、そしてCoC遵守を監視する役目のCoC Chairというコミュニティポジションを設け、違反申告を受け付けることにしたということです。ところが、疑わしい動きは散見されることになります。

2023年2月15日に発出されたアナウンスメントでは、APNIC事務局を騙って特定候補への投票を促す電話が会員宛てに掛かっていたという申告がCoC Chairに寄せられていることが公表されました。更に、2月21日のアナウンスメントでは、これに加えて匿名の脅迫や選挙関連に関する沈黙の要求などの事案が発生しており、 法執行機関への通報もなされたこと、さらに多数の申告が寄せられ、CoC Chairだけで処理できなくなったため、法律事務所に対応を外注したことが示されています。

このような喧騒は、会員からCoC Chairや事務局に通報されただけでなく、コミュニティメーリングリスト apnic-talk でもいくつか共有されています。apnic-talkでは不正通報以外にも、今回の選挙戦に関する議論がいろいろな形でなされているので、アーカイブをご覧になると良いと思います。

 

何が問題か

APNICは、このCoC機構を作って運営するなど今できる対処をキチンとやっているのですが、今回関係者と話をしていて分かったことは、このCoCに対する違反があったとしても、不適格を理由に出馬を無効にできないということです。そもそも、規則に照らした違反を判定することは想像するより遥かに難しいことでもありますが、一つの原因として挙げられたのは、APNICの定款において、そのような積極的な対策を採ることが規定されていないという点でした。これによって、今の定款によって構成される今のAPNICは、このような攻撃に対して脆弱であるということではないのか、という懸念が立ち上りました。

実はこの選挙期間中に、「定款変更を行うための臨時総会の開催を理事会に請願する」という呼びかけをしたコミュニティメンバーもいました。この投稿は結果として選挙に対する危機感を喚起したように思いますが、定款変更を実現するためには非現実的な呼びかけでした。APNIC定款に拠れば、臨時総会の開催(5条g項)には総会員票数の1/4、定款の変更(25条)には2/3の票が必要です。現在APNICの総会員票数は30,000票余りで、臨時総会開催には7,500票以上必要。今回の選挙でトップ当選だった松崎さんの票数が5,734票でしたので、これでも足りません。

ましていわんや、定款変更の2/3は、20,000票以上ということですから、選挙に投じられる票数と比べると、不可能という言葉のほうが近い困難さであることが分かります。私がAPNIC理事を務めていたのは7年前までですが、今から10年ほど前にも、定款変更による運営体制の堅牢化の議論をしたことがあります。そして、定款変更の難しさで議論が立ち止まったことを覚えています。

 

要請が目指すもの

今年の選挙で起こったことは、不正によって公正な選挙を歪めようとする攻撃であり、今までで最も効果的な企てでした。グローバルインターネットの最重要機能の一つであるAPNICが、今後起こり得る攻撃に対して脆弱であってはなりません。また、選挙不正以外にも、悪意の攻撃があるかもしれません。今の定款が定まったのは1998年です。25年前と今とでは、インターネットの風景はまったく異なり、当時は想像がつかないほど、さまざまな人々がさまざまな目的と意図をもってインターネットを使っています。今見直すのであれば、そして改定決行が生易しいものでないのであればなおさら、徹底的に点検をして、今後の機構運営に堪えるものにする必要があります。

書簡の中でも「いくつかの政府の懸念」に言及しましたが、私が知る限りでAPNIC事務局が所在するオーストラリアの他にも、米国政府の担当官からも明確に懸念を伺いましたし、日本でも総務省とこの選挙に関して密な情報交換を行っていました。APNICを始めとするRIRsや、ICANNなど、インターネット基盤運営を行う団体は、こういった懸念にきちんと応えて、信頼される安定した運営基盤を維持する責務を負っています。

この問題に対処するためには、極めて難しいステップに踏み出す必要があります。そのために、JPNICはAPNIC設立以来一貫してAPNICに関与してきた最古参の会員として、明確に要請を打ち出すことで、着実な対処につなげてもらいたいと考えました。参画を要請されれば喜んで参画しようと思い、それも末筆に添えました。

書簡を送付したのは選挙結果が公表された後、APNIC総会の終盤でしたが、事務局長による謝意表明が終わった後に、フロアマイクに赴いて書簡を読み上げることにしました。この発言には大きな拍手をいただいたのですが、書簡で先頭に宛てられている理事会議長のGaurab Raj Upadhaya氏は、「今日で退任して『元議長』になるが、私の前任の『元議長』である前村さんと一緒にぜひとも本件に取り組みたい」という形で、自身の前向きな関与意思の表明とともに、書簡を好意的に受け取ってくれました。その他、会場でも数名からお褒めと激励の言葉をいただき、こういった要請の意義が良く伝わっていることを感じることができました。具体的にどのような関与になるかは今後明らかになっていくと思いますが、できる限りの貢献を行いたいと思います。

議長の交代

最後に選挙の結果に関連して、APNIC理事会における体制の変更に触れたいと思います。2023年3月2日の総会まで7年間議長を務めてきたUpadhaya氏は、今回選挙に出馬せず、従って退任となりました。感染症禍という特殊状況もありながら、年々シビアになっていく状況の中、優れたかじ取りをなさったと思っています。総会の後APNIC理事会は短い会合を持ち、それから1年の三役の選出を行います。その結果は既に公表されており、TWNICのCEOであるKenny Huang氏が議長を務めることになりました。われらが松崎さんも、このたび財務担当(Treasurer)として三役入りしました。今回JPNICが発した要請はその時の議長であるUpadhaya氏に宛てましたが、要請に対処するのはHuang氏が率い松崎さんが参画する新理事会です。このような要請を差し入れた立場として、しっかり協力していきます。

 

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