APRICOT2024 / APNIC57 フォトレポート
tech_team IPアドレス 他組織のイベント2024年2月21日から3月1日にかけて、タイ王国の首都バンコクにて、APRICOT2024 / APNIC57 が開催されました。ここではその模様を写真とともにお伝えしていきます。
APRICOTとは
APRICOTは「Asia Pacific Regional Internet Conference on Operational Technologies」の略で、アジア太平洋地域におけるインターネットに関する国際会議です。おおよそ10日間開催される本イベントでは、セミナー、ワークショップ、チュートリアル、セッション、BoF などが行われます。毎年1回2月頃に開催されます。
首都・バンコク
今回のAPRICOT2024 は、タイ王国の首都・バンコク(Bangkok)にて開催されました。
なお、日本語では「バンコク」とよく呼びますが、タイ国内での名称は「クルンテープ・マハナコーン」または単に「クルンテープ」といいます。さらには、正式名称は下記のとおりとなっていて、非常に長い名称です。
クルンテープ・マハナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット
日本語訳:天使の都 雄大な都城 帝釈天の不壊の宝玉 帝釈天の戦争なき平和な都 偉大にして最高の土地 九種の宝玉の如き心楽しき都 数々の大王宮に富み 神が権化して住みたもう 帝釈天が建築神ヴィシュカルマをして造り終えられし都
タイ国政府観光庁によれば、人口は2023年1月現在で約6,600万人、面積は日本の約1.4倍となる51万平方キロメートル、東南アジアの国であり、熱帯性気候に属するとのこと。年間を通して暑い~暖かく、年間平均気温は29度、一番暑い4月で35度、一番涼しい12月で17度が平均だそうです。
そんなバンコクで開催された今回のAPRICOT。首都らしい街並みが広がっていて、また人通りも多く、賑やかなのが印象的でした。基本的にはタイ語が使われていますが、バンコクのホテルやデパート等では英語も通じました。
バンコクの街並みの様子。日本の資本も多くみられ、セブンイレブンなど日本でおなじみの店舗もあった。
バンコクはバイク社会で、バイクタクシーもよく普及している。車より迅速に目的地に到達するのが特徴だ。
街中では、露店も見られた。
開会と会議の様子
カンファレンスの初日は、Opening Ceremonyが行われます。そこでは、タイの伝統的なダンスが披露されました。リズミカルな曲と合わせてパフォーマーが陽気なダンスを踊り、会場の雰囲気を楽しく、明るいものにしてくれます。参加者はその様子を少しでも残しておこうと各自のスマートフォンやカメラを向けます。さまざまな国と地域で行われるAPRICOTのおなじみの光景です。
本会議では、最新技術の動向や、あらゆる現在の課題について取り上げられていました。会場では、誰でも議論に参加できるようにマイクが設置されていて、どのセッションでも多くの人がマイクに並び、活発な議論を繰り広げていました。
Opening Ceremony の様子。各国さまざまな場所で開催されるAPRICOTは、開催冒頭に各国の伝統的なパフォーマンスが繰り広げられることが多い。
NOG Reportの様子。各国のNOGの開催状況について共有。日本からはJANOG運営委員のmazさんが報告を担った。
NIR Workshop
APNICカンファレンスでは、NIR(National Internet Registry:国別インターネットレジストリ)の会合が毎回行われています。日本からは当センターJPNICが、台湾からはTWNICが……というように各国のNIRと、APNICが集まり、NIR間の課題や現況について意見交換や情報共有を行うものです。今回は、昨年に発表されたAPNICの料金改定について各国の状況や、今後のAPNICの改定スケジュールについて主に取り上げられました。
NIR Workshopの様子。おなじみの各国のNIRとAPNICスタッフが集う。
気になった発表
技術部の五島からは、APOPS 1 で Geoff Huston 氏が発表した「Networking in the Penumbra」についてご紹介します。この発表は、プライバシーの問題とここ数年さまざまな場所・カンファレンスで話題に挙がる QUIC の関係について平易な表現で簡潔にまとめており、その潮流の中でネットワークエンジニアがどのような問題に対処していくことになるかの予想まで触れていました。余談ですが、この発表者は APNIC の Chief Scientist であり、比喩を多用した独特な鋭い語り口で技術的なことから政治的なことまで色々と面白いお話を聞かせてくれます。
はじめに、ネットワークのユーザ視点から見たプライバシーを保護することの意義と、それに対するネットワークオペレータの対応を簡単に振り返ります。
ネットワークにおける「Trust(信頼)」は、オペレータが運用の中で取得できる情報を勝手に開示することがないよう、さまざまな措置を講じることによって守られてきました。ところが、インターネット上での広告業界が発展する途上で、より効果の高い広告を実現することを目的としてターゲットとなるユーザの行動や属性を収集するミドルウェアが登場し、Trust が失われていく流れができ始めました。そうしたなか、2013年に報じられた Snowden 事件(米国政府の大規模な情報収集に関する告発)により、IETF では RFC7258をはじめとしたプライバシーを守る機運が高まりました。
続いて、話はその後の通信業界での変化に移ります。
Snowden 事件をひとつの契機として、以降のアプリケーションや関連する通信技術の傾向には変化が現れ始めました。特に目立つのは、Web 通信において TLS を使った HTTPS の使用が圧倒的多数になったことや、DOT や DNS over QUIC などの DNS での通信を暗号化するようになったことです。このほか、Apple社 が使う Private replay など、通信のEnd 同士を第三者に知られないようにする技術の紹介がありました。
ここまではさまざまな「盗聴」ともとれる実例に端を発した技術者の動向を紹介しており、技術の面から見たプライバシーを保護する技術の発展に関する話題でした。しかし、現在ではほとんどのユーザが利便性のためなら進んで自身に関する情報を提供するようになっていることを考えると、実際にプライバシーを重要視しているのは誰なのかという疑問が残ります。この疑問に対する答えは、実はプライバシーを守ろうとしているのはユーザの情報を収集している主体の方であり、そこには次のような経緯があるということでした。
広告を始めとする商業的な目的をもつ組織は、その達成のため、多大なコストを投じてユーザに関する情報を収集しています。そうしたデータを他者に共有してしまうということは、他者のビジネスに活用できる貴重なデータを自身のコストをかけたうえで無償で提供していることになるため、これを秘匿する動機になるのが自然であるというロジックです。このことをまとめると、現在の「プライバシー」がめざすものは「アプリケーション(サービス)ごと」に、他サービスやネットワークに対してユーザ・通信に関する情報を秘匿することであるといえます。
アプリケーションごとに情報の秘匿に関して扱い方を調整しようとした場合、当然、今まで下位レイヤで行っていた処理をアプリケーションレイヤに引き上げる必要があります。言い換えると、従来は TCP が担っていた動作をL7に引き取る実装が求められます。ここで重要なのは、TCP がカーネル内に実装された存在であり、L7から本質的に操作することはできないということです。多くの場合、NAT を超えた通信を行うには TCP か UDP を使う必要があります。したがって、カーネルがもつ TCP での処理を回避したうえで既存のネットワークを通過する通信を実現するには、UDP に依拠する選択肢しか残りません。こうして、通信を暗号化でき、さらに UDP 上で動作する QUIC が注目を集めているのだ、という説明でした。
近年はホスト同士もネットワーク同士も互いを信頼しない前提での通信が増え、暗号化の徹底と End-to-End を秘匿する思想が強まってきています。おそらくこの潮流は逆戻りを始めることはありませんし、だからこそネットワークエンジニアは load balancing や ECMP といった通信の内容や特徴に応じたトラフィックエンジニアリングがしづらくなることで、苦労が増えるだろうとの予測でした。こうしてアプリケーションごとに固有の調整が利くようになることで利便性が向上するだけのようにも見えますが、それは独自の動作をする実装が増えること、すなわち相互運用性が失われていくことを意味する、という言葉で発表は締めくくられました。
QUIC や暗号化というと、どうしても個人的には通信の内容や関わるホスト・ネットワークの情報を第三者から隠すことで安全性を高める「セキュリティ」の印象が先立つなかで、この発表は私のような専門外の人間が、プライバシーに関するここ10年ほどを新しい視点から簡潔に俯瞰するのにちょうどよい内容・粒度で興味深いものでした。
Networking in the Penumbra で話す Geoff Huston 氏
ちょっと休憩
カンファレンスのセッションとセッションの間には、30分以上の休憩が設けられています。そこでは、バリスタの入れたコーヒーや、会場で用意されているスイーツなどを堪能することができます。議論の時間は部屋で熱中した後も、ここでは皆さん穏やかに、スイーツを取りながら楽しそうに話されているのが印象的でした。
コーヒーカウンター。毎回おなじみで、毎回人気の行列をつくる馴染みの場所になっている。いくつかメニューがあるので、好きなものを選択できる。
提供されたスイーツ。休憩のたびに振舞われる。疲れた頭にはもってこいだが、体重なども気になるところ。
懇親会
カンファレンス日の初日には、Opening Social(懇親会)が開かれます。一番多くの人が参加し、盛り上がるところです。今回の会場でも多くの人が参加していました。そこでは、名刺交換などの挨拶から、当日のセッションの議論の続きまで、さまざまなことが話されていました。
Opening Socialの様子。多くの参加者が集い、活発なコミュニケーションが見られた。
また、最終日にもClosing Social が開かれます。今年は別の会場を貸し切って行われました。
入口でスタッフのお出迎え。参加者バッジの確認をここでされる。
会場内の様子。20時を過ぎていたが現地の活気は収まる様子が無い。
懇親会で振舞われた料理の一部。目の前でシェフが調理をしてくれる。
最後に
当センターJPNICは、今回のAPRICOT2024において、APNIC AGM sponsorsを務めました。また、今回ご紹介したNIR Workshopなどを通じて、APNICや他のNIRとの連携を進めております。今後もわが国のNIRとして、活発なコミュティの促進と、自立分散のインターネットの発展に貢献するべく、さまざまな施策を行ってまいります。
スポンサーへの感謝状の贈呈。退任が予定されているAPNICの事務局長Paul氏(左)からJPNICに記念品をいただいた。