IETF情報交換会/座談会 開催報告 ~IETF123の動向とハッカソン活動~
tech_team IETF JPNICのイベント インターネットの技術2025年10月23日(木)、Internet Society日本支部(ISOC-JP)との共催で、「IETF情報交換会/座談会 – IETF123より -」を、JPNIC会議室およびオンラインのハイブリッドで開催しました。定例化してきたこの情報交換会は、IETF(Internet Engineering Task Force)の最新動向と現場での実際を日本語で共有し、現場に近い技術者同士の意見交換を行う場として位置付けられています。
今回はIETF123(2025年7月、スペイン・マドリッド)での話題を軸に、技術報告や活動紹介、そして「IETFハッカソン」に焦点を当てたパネルディスカッションを行いました。その中では、Web関連の標準化やSCITTの進展に加え、IETFハッカソンの取り組みを通して見える“実装の現場”に焦点が当てられました。
本稿では、この情報交換会/座談会について報告します。
IETF123の概要
最初に木村(JPNIC)から、IETF123の概要を紹介いたしました。
現地での開催状況、主要な議題、BoF(Birds of a Feather)セッションなどの動向を中心に、IETF全体の雰囲気を振り返りました。会場ではAIや暗号、セキュリティ関連の標準化議論が引き続き活発であり、とりわけ「低遅延通信」や「署名の軽量化」といったテーマが注目を集めているとのことでした。
また、参加者の属性も変化しており、従来のネットワークオペレーター中心から、アプリケーション開発者やクラウド事業者の参加が増えている点が紹介されました。IETFがより実装や運用に近い方向に進化していることがうかがえます。
Web関連の動向
続いて、ごとうひろゆき氏(グリー)から、Web関連のワーキンググループにおける最新の話題が紹介されました。
HTTP関連では、QUICベースの通信最適化や、WebTransportのような新しい通信手段の実装が進んでおり、ブラウザやサーバの両側からの検証が進行中です。また、ブラウザエンジン間の合意形成の難しさや、ユーザー体験向上と標準化のスピードとのバランスなど、IETFらしい「実装と議論の往復」について具体的な事例を挙げながら説明されました。
さらに、Webセキュリティに関してはプライバシー保護技術の導入やトラッキング制御の標準化が継続しており、業界横断的な連携の重要性が指摘されました。
SCITTを中心とした活動報告
青木信雄氏からは、「SCITT(Supply Chain Integrity, Transparency and Trust)」を中心とした活動報告がありました。SCITTはソフトウェアサプライチェーン全体の信頼性を確保するための新しい仕組みであり、署名・検証・証跡の一貫した管理を目指しています。
青木氏は、IETFでの標準化文書の進捗を踏まえ、ソフトウェアの署名情報をブロックチェーン的に管理する技術や、既存の透明性ログ(Transparency Log)との関係性を解説しました。また、欧米の事例を交えながら、日本における活用可能性についても触れ、参加者からは活発な質問が寄せられました。
特に、「透明性を確保するための技術基盤をどのように社会実装していくか」という点で、技術と運用の両面から議論が深まりました。
IETFハッカソン パネル
今回の情報交換会の中心となったのが、「IETFハッカソン パネル」です。IETF会期中に開催されるハッカソンは、標準化に向けた技術検証や相互接続性テストを行う場として定着しており、近年は暗号技術やルーティング、セキュリティなど幅広い分野で活動が展開されています。

パネルでは、酒見由美氏(GMOコネクト)と大谷(JPNIC)が、それぞれ行った取り組みを紹介しました。
まず酒見氏からは、「IETFハッカソンに見る暗号標準化への取り組み ~低遅延暗号Areionの活動~」として、Areionという新しい暗号方式の実装検証を中心に、現場の様子が紹介されました。Areionは高速かつ低遅延で動作することを目指したアルゴリズムであり、ポスト量子暗号(PQC)との組み合わせを意識した設計が特徴です。ハッカソンでは各国の研究者・開発者が協力し、実装の相互確認を行いながら性能比較やAPI整備を進めたとのことです。こうした活動を通じて、暗号標準化の議論が「机上」から「実装」にシフトしていることが伝わりました。また、酒見氏は、IETFハッカソンの魅力として「標準化を議論するだけでなく、実際に動かして確認できる」点を挙げました。現場では仕様の曖昧さを早期に発見でき、フィードバックを標準化プロセスに反映できる好循環が生まれているといいます。
続いて大谷からは、「IETFハッカソンでRPKIのリポジトリを調べてみた」という題で、ルーティングセキュリティ分野での取り組みを紹介しました。RPKI(Resource Public Key Infrastructure)は、インターネットの経路認証を支える基盤技術であり、今回のハッカソンでは世界中のRPKIリポジトリを対象に、証明書やマニフェストの構成を分析し、実際の運用状況を可視化する試みを行いました。その結果、実装間での微妙な差異やエラー検出の傾向が明らかになり、標準仕様と運用実態のギャップを浮き彫りにしました。
大谷からは、こうした実測的な取り組みを通じて「現場の課題を可視化し、標準化の方向性を議論する」ことについてお話させていただきました。RPKIという既に広く導入が進む技術においても、IETFハッカソンが改善サイクルを支える重要な場になっていることが印象的といえるかもしれません。
最後に
全体を通じて、IETF123を題材にした今回の情報交換会では、標準化活動の最前線と、そこに関わるエンジニアの姿が生き生きと伝わる内容となりました。
IETFの活動は技術仕様の策定にとどまらず、実装・検証・改善というプロセス全体を含んでおり、ハッカソンのような実践的な取り組みがその推進力となっています。
JPNICでは、今後もこうした情報交換会を通じて、IETF活動の理解促進と国内コミュニティの活性化を支援していく予定です。
「IETF情報交換会/座談会 – IETF123より -」開催概要
- 日時:2025年10月23日(木)15:00〜17:00
- 形式:ハイブリッド(JPNIC会議室+オンライン)
- プログラム:
15:00 オープニング/挨拶/会場説明
15:10 IETF123おさらい(木村)
15:25 Web関連の動向(ごとうひろゆき氏)
15:40 SCITTを中心とした活動報告+α(青木信雄氏)
16:00 IETFハッカソン パネル(酒見由美氏・大谷)
17:55 クロージング/お知らせ - 関連リンク
– IETFとは
– IETFとRFC
– JPNICによる過去のIETF関連レポート
