News & Views コラム:お父さんの紙つぶて
pr_team コラムメールマガジンで配信したインターネットに関するコラムを、このブログでもご紹介しています。2025年8月は、JPドメイン名紛争処理のパネリストとして活動されていて、裁定例を検討するJPNIC内の専門家チームメンバーとしてもご活躍いただいている、外国法共同事業オメルベニー・アンド・マイヤーズ法律事務所の弁護士である二瓶ひろ子さんのコラムをお届けしました。発展により国や地域を越えたコミュニケーションが容易になった一方で、憎悪や悪意も溢れるようになってきたインターネットについて、未来に向けての想いをお書きくださいました。
私は、中学・高校の6年間を英国のWest Sussex州にある全寮制の学校で過ごしました。親はチェコスロバキア(当時)に駐在していたため、学期中は会うことができませんでした。自習時間に手紙を書いては、エアメールで送り、返事が来るのを首を長くして待ちました。そして届いた手紙は、何度も何度も読みました。学校で思うようにいかないことがあり、親と話がしたくなると、先生の許可を得て、教員室から国際電話をかけさせてもらいました。刻一刻と電話料金がかさんでいくことを気にしながら、数分だけ、時には泣きながら、電話で話をしました。その当時、父が送ってくれた手紙は、「お父さんの紙つぶて」として今も大事に置いてありますが、父亡き後、読み返すことはできないでいます。
その後、社会人になり、弁護士になり、2013年に私は再び英国の地を踏み、Oxfordshire州にある大学の寮に入りました。法律事務所での過酷な業務に4年間耐えた後の留学でしたから、大学院での勉強を苦に思うことなどないと思っていました。しかし、そのような自信は、数日で打ち砕かれることになりました。睡眠を極限まで削っても読み切れない事前課題図書のリスト、英国人クラスメイトと英国・EUの裁判例を議論した後の敗北感、凡庸な内容は認めないと言われた週次のアカデミック・エッセイのプレッシャーなどで、弁護士業務の方が楽だったと思うほど勉強しました。辛くなると、日本にいる夫や母とSkypeやLINEで通話をし、弱音を吐き、励ましてもらいました。会いたい時に、顔を見ながら、時間を気にすることなく、話せることの有り難みが身に染みました。
インターネットは、海を越えて人と人とをつないでくれました。私は、それを体感した世代です。それでも、インターネットが空気のように当たり前の存在になり、湯水のようにネット通信が使われるようになった現在、それを思い起こすことはなくなりました。そんな頃、インターネット上の名誉毀損やプライバシー権侵害に関する事件の相談を受けるようになりました。人を誹謗し傷つけるためだけに存在するようなWebサイト、ぞっとするようなおぞましい言葉が書き連ねられ、時間を追うごとにエスカレートしていく匿名の掲示板など、無責任で悪意に満ちた世界が広がっていることを知りました。インターネットが、人々を結びつけ、世界中に共有しようとしたのは、このような情報ではなかったはずです。私と家族の距離を縮めてくれたインターネットは、人の善意を信じ、人類がより豊かになるための文明の利器であったはずです。
人間の英知がWeb空間に溢れる憎悪や敵意に打ち勝つことができるのかが、今、問われています。そのような時代にこそ、少しノスタルジーに浸り、インターネットがもたらしてくれた様々な変化に思いをいたすことが必要なのかもしれません。そして、そのような思い出を持たない若い世代がインターネットとどのように向き合うべきかは、我々が模索すべき課題なのでしょう。
■筆者略歴
二瓶 ひろ子 (にへい ひろこ)
弁護士。2009年に外国法共同事業オメルベニー・アンド・マイヤーズ法律事務所に入所。2014年にオックスフォード大学Magister Juris(法学修士課程)修了。2019年に早稲田大学大学院 法学研究科 先端法学専攻(知的財産法LL.M.)修了。インターネット上の著作権侵害、名誉毀損、プライバシー権侵害等に関する紛争処理業務に従事。2022年より日本知的財産仲裁センター(JIPAC)のJPドメイン名紛争処理のパネリスト。
