ドメイン名と政治~カタルーニャ独立運動とドメイン名ブロッキング~
dom_gov_team インターネットガバナンス ドメイン名先週(2017年9月20日)インターネット上でのガバナンスについて考えさせられる事件がバルセロナで起きましたので、それについてまとめました。
背景
.catレジストリ
.cat はインターネット上のカタルーニャ[1]の言語・文化コミュニティ用のトップレベルドメイン(TLD)とされており[2] 、2003年から2004年にかけて行われた募集 によって誕生した八つのgTLDの一つで、2006年にドメイン名の登録が開始されています。登録対象は以下のいずれかに該当する組織、個人となっています。
- オンラインでのコミュニケーションにおいて主にカタルーニャ地方で使われているカタラン語[3]を用いる
- オンラインでカタルーニャの文化の異なった側面を促進する
- カタラン語・カタルーニャの文化コミュニティに対するオンラインコミュニケーションについて取り組みたい
となっています。2017年4月30日時点でのドメイン名登録数は112,912、スペインからの登録数の割合は94.3%で、その中でもカタルーニャ州が88.7%と大半を占め、ちなみに日本からの登録数の割合は0.07%です[4] 。.catのレジストリ業務は非営利の民間法人Fundació puntCAT(.cat財団)が行っています。
カタルーニャ独立運動
カタルーニャはバルセロナを中心とするスペイン北東部の領域で、中世には独立国だったこともありますが、現在はスペインの一自治州となっています。1992年のバルセロナオリンピックでは、各国の新聞に「バルセロナはカタルーニャ“国”に位置する」という内容の2ページにわたる全面広告が掲載された[5]とのことで、日本でも同様の新聞広告が掲載された[6]ことを覚えている方もおられると思います。2010年以降、カタルーニャの独立運動が盛んになっており、2012年には大規模な独立デモ、2014には独立に関する住民投票が行われました。2015年9月には州議会選挙で独立賛成派が過半数の議席を占め、その2ヶ月後には独立手続き開始宣言が採択されました。2017年には州首相より同年10月1日に独立の是非を問う住民投票を行う意向が発表されました。
事件
そんな中、2017年9月16日付の報道によれば、10月1日の住民投票向けなどに利用されていた10のドメイン名へのアクセスを遮断するよう、バルセロナの判事が通信事業者に要請しました[7] 。次いで9月20日にはスペイン治安警察が州政府などに強制捜査に入り、14名を逮捕するとともに、住民投票用紙を押収しました。拘束された人の多くは州政府高官でした[8]が、.cat財団および情報サービス会社T-Systems社にも強制捜査が入り、.cat財団のイノベーションおよび情報システム担当ディレクターであるPep Masoliver氏[9]およびT-Systems社のサービス担当ディレクターであるRosa María Rodríguez Curto氏[10]も逮捕されました。両氏とも2日後の22日には10月1日の独立を問う投票には関与していないということで、保護観察処分付きで釈放されました[11]。
インターネット界の反応
Fundació puntCAT
当事者である.cat財団は強制捜査に際して非難、憤慨および反駁を表明し、逮捕された従業員の即時釈放およびインターネット上の表現の自由の擁護と財団の基本的な目的を追求する意のアナウンス[12]、およびMasoliver氏の釈放を祝す内容のアナウンス[13]をそれぞれ当日に行っています。
.cat財団はまた、ICANN事務総長宛に書簡を送りました[14]。概要は次の通りです。
今回のドメイン名遮断要求が前例のないかつ無条件の対象範囲であることはICANNコミュニティにとって懸念を生じさせるものであり、今回スペインの司法当局が.catレジストリに課したのはコンテンツに応じたドメイン名ブロッキングであり、コンテンツの検閲および言論の自由の抑圧を要請されたことで、インターネット上のカタラン語コミュニティからの責任を受託した地位を危険にさらすものである。
PuntuEUS Fundazioa
スペイン・バスク地方の新gTLDレジストリとして.eusを運用するPuntuEUS Fundazioa(.eus財団)のCEOはICANNに書簡を送り[15] 、今回の事件に対する懸念を表明し、インターネットコミュニティを代表してこれらの(政府による)処置を公に非難するようICANNに求めました。
DotScot Registry
カタルーニャと同様に独立運動が起こっている英国・スコットランドのレジストリ、DotScot Registry (.scot gTLDを運用)もICANN宛書簡を送り、懸念を表明しました[16]。
Internet Society (ISOC)
Internet Societyは.catへの強制捜査があった翌21日には欧州地域事務所代表名で声明を発表しました[17]。声明の内容は次の通りです。
カタルーニャで自由でオープンなインターネットへのアクセス制限措置がなされたことが報告された。主要な通信事業者は政治的なWebサイトへのトラフィックを監視かつ遮断するよう求められ、裁判所命令に続いて法執行(機関)がバルセロナにある.catレジストリオフィスに強制捜査に入り、コンピューターを調査しスタッフを逮捕した。
(逮捕の根拠となった)本裁判所命令は.catなどのTLD運営者が「住民投票に関するいかなる情報をも含む可能性のあるすべてのドメイン名」をブロックするよう求めているが、特定のドメイン名に関する法的な要請を受け取ることを除いては、コンテンツの監視及び遮断に携わることはインターネットのエコシステムの範囲内でのTLD運営者の専門技術でも権限でもない。
.catに対する裁判所の決定は、表現の自由に対し過大な萎縮効果を持つものであり、カタラン語を話す人々がインターネット上のコンテンツを作成、共有、閲覧する能力に関し理不尽な影響を与える。
国々がオンラインコンテンツを管理するための方法としてネットワークブロッキングが増加していることを我々は懸念している。(Webサイトの)シャットダウンは「新しい通常」となるべきではない。Internet Societyが本年公開した文書では、ネットワークブロッキング手段は一般的に効果的でなく、合法的なコンテンツと表現に対する過度なブロッキングを含む、付随的な被害を生み出しがちである。
我々はカタルーニャにおいて自由でフィルターされないインターネットが近い将来復帰してほしい。そしてすべての関係者がこの困難な時期に表現の自由と対話の維持を約束するよう呼び掛ける。
最後に
公共の秩序とインターネットの自由との兼ね合いについては、インターネットガバナンスフォーラム(IGF)や国際電気通信規則(ITR)改正作業、アフリカ(カメルーン、トーゴなど)で起きているインターネットシャットダウンを受けてのAFRINIC会議の場など、さまざまなところで議論されてきており、今後もさまざまなセクターで引き続き議論が行われるものと思います。いろいろな見方があるとは思いますが、政治的な理由で通信を遮断するということについては、我々が各自で考えてアクションしていくべきことなのではないかと思います。
カタルーニャでは2017年10月1日に予定されている独立の是非を問う住民投票に向けて、治安警察を数千人動員すると報じられている[18]など政治情勢が緊迫していますが、これ以上インターネットに対する規制がかかるのか、また、同様の動きが英国とスコットランドの間にも今後起こるのか、いずれも予断を許しません。事態は流動的ですので、動きがあれば追ってお知らせします。
[1] JPNIC Webサイトでは英語表記に由来する「カタロニア」という呼称としていますが、本記事では各メディアに合わせ現地語表記に近い「カタルーニャ」としています。
[2] .catレジストリ契約pp.88, Specification 12 Community Registration Policies https://www.icann.org/resources/agreement/cat-2015-10-08-en
[3] JPNIC Webサイトでは英語表記に由来する「カタロニア語」という呼称としていますが、本記事では現地語表記に近い「カタラン語」としています。
[4] puntCAT Observatory 2017 http://fundacio.cat/observatori/2017-Observatori-puntCAT.pdf
[5] Barcelona Journal; Catalonia Is Pressing Ahead as Olympic ‘Country’, the New York Times, July 18, 1992. http://www.nytimes.com/1992/07/18/world/barcelona-journal-catalonia-is-pressing-ahead-as-olympic-country.html
[6] 「ようこそ、カタロニア自治共和国へ」という内容だったようです。PRESIDENT Online, 2017/1/4, http://president.jp/articles/-/20878?page=2
[7] El juez ordena a las proveedoras bloquear 10 webs del referéndum http://www.elnacional.cat/es/politica/juez-proveedoras-bloquear-10-webs-referendum_192105_102.html
[8] Qui són els 14 detinguts? http://www.ara.cat/politica/son-detinguts_0_1873612694.html
[9] Intervention at Fundació puntCAT’s headquarters (20 September 2017) http://fundacio.cat/en/news/intervention-fundacio-puntcats-headquarters
[10] 1-O.- Trabajadores de T-Systems afirman que se han precintado ordenadores http://www.expansion.com/agencia/europa_press/2017/09/20/20170920142622.html
[11] En libertad la directora de T-Systems y el responsable de fundación Punt.cat http://www.elperiodico.com/es/sociedad/20170922/en-libertad-la-directora-de-t-systems-y-el-responsable-de-fundacion-puntcat-6303640
[12] Intervention at Fundació puntCAT’s headquarters http://fundacio.cat/en/news/intervention-fundacio-puntcats-headquarter
[13] Our Director of Innovation and Information Systems has been released http://fundacio.cat/en/news/our-director-innovation-and-information-systems-has-been-released
[14] Letter from Eduard Martin Lineros to Göran Marby https://www.icann.org/en/system/files/correspondence/lineros-to-marby-17sep17-en.pdf
[15] Letter from Josu Waliño to Göran Marby https://www.icann.org/en/system/files/correspondence/wali%C3%B1o-to-marby-20sep17-en.pdf
[16] Letter from Gavin McCutcheon to Göran Marbyhttps://www.icann.org/en/system/files/correspondence/mccutcheon-to-marby-21sep17-en.pdf
[17] Internet Society statement on Internet blocking measures in Catalonia, Spain https://www.internetsociety.org/news/statements/2017/internet-society-statement-internet-blocking-measures-catalonia-spain/
[18] Spain is shipping in police to boost forces in Catalonia…on a Loony Tunes boat
https://www.thelocal.es/20170922/spain-is-shipping-in-police-to-boost-forces-in-catalonia-ahead-of-referendum