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.ORGのレジストリ、Public Interest Registryの売却案に関する動き

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ここ1ヶ月半ほど、全世界のインターネット関係者の間で大きな議論を呼んでいる話題があります。
gTLDのひとつ、.org は、2002年からInternet Society(ISOC)の子会社であるPublic Interest Registry(PIR)社がレジストリとして管理運営を行っていますが、2019年11月13日、ISOCがこのPIRをEthos Capitalという投資会社に売却する方向で基本合意に至ったというアナウンスメントが、3社合同で行われました。

ISOC: Ethos Capital to Acquire Public Interest Registry from the Internet Society

PIR: The Internet Society & Public Interest Registry: A New Era of Opportunity

このアナウンスメント以来、いろいろなWebメディアが本件を論じ、ISOC他のメーリングリストでも投稿が相次いでいます。ISOCやPIRも、追加説明のためのアナウンスメントを逐次行っています。本稿では、売却案がどういったものなのか、その論点が何かなどを、公開情報や発表内容をもとに解説します。

● .org の経緯

.org は、.com、.netとともにインターネットの黎明期から存在するgTLDです。黎明期に、.com、.net との種別の棲み分けとして「非営利団体」が志向されましたが、登録者の組織種別に特に制限はありません。1998年にICANNが設立されますが、ICANN設立の理由のひとつは、当時直面していたドメイン名管理に関する課題であった、商標権保護と競争機構の導入を進めるためでした。そのため、これら3つのgTLDのレジストリであったNetwork Solutions Inc. (NSI)(および合併により事業を引き継いだVerisign社)から、レジストリ運営事業者を分離する方向で検討が進み、選定作業を経て、.org のレジストリは、ISOCがこの事業のために新たに設立するPIRに再委任されることになました。再委任は2003年1月のことでした。再委任に関する流れは、再委任に関するIANAレポートに詳しく示されています。

IANA Report on Redelegation of the .org Top-Level Domain (9 December 2002)

TLDの運営には、レジストリの技術的、財務的な事業遂行能力や継続性が求められます。上のIANAレポートからも参照されていますが、この.org再委任の検討の際には、以下の提案評価条件が示されました。

Reassignment of .org Top-Level Domain: Criteria for Assessing Proposals (20 May 2002)

ここで特徴的なのは、.org TLDの差別化(Differentiation of the .org TLD)、非営利インターネットユーザコミュニティ向けのプロモーション機構の包含(Inclusion of mechanisms for promoting the registry’s operation in a manner that is responsive to the needs, concerns, and views of the noncommercial Internet user community) という要素が、評価条件に含まれていることです。

 

● ISOCとPIR

前項で述べたとおり、ISOCはPIRを .org レジストリ事業のために設立しました。ISOCもPIRも米国歳入法501条(C)項3で規定される非営利慈善団体(Charity)であり、ISOCはPIRの唯一の会員として、PIRを統治しています。これはICANNと、IANA機能の運営するPublic Technical Identifier (PTI)社との関係と同様で、営利法人であれば完全子会社という位置づけです。PIRのレジストリ事業による利益は、親会社であるISOCに納められています。ISOC、PIRともに事業報告書などが公開されており、例えば2018年に関して、ISOCの収入におけるPIRからの収入の割合は85%程度であることが分かります。ISOCの収入の大半は、PIRの事業収入によるものと言えます。

ISOC: Financial Reports 特に2018年財務報告書

PIR: 990 and Annual Report

前項で述べた選定評価条件にも含まれていることですが、PIRはその社名にPublic Interest (公益)を掲げるとおり、非営利セグメントを念頭に置いたサービス展開を行っています。この考えのもと、2012年の新gTLD募集においては、非政府組織に由来する新たなgTLDを申請し、結果、.ngo 、.ong (NGOのフランス語語順)や、IDNによる同様の文字列を申請して、順次サービスを開始しています。

● ICANNとPIR

本件、ICANNにとっては .org の運営を行うレジストリの運営体制の変化ということになります。ICANNとPIRの間には、.org レジストリ契約というものが存在しており、このレジストリ事業運営に関して、PIRとICANN双方が守らなければならないことが規定されています。

ICANN .org Registry Agreement

運営体制の変化については、このレジストリ契約の7.5項「Change of Control; Assignment and Subcontracting」に規定されています。レジストリ事業者の統治体制の変更にはICANNの事前の承認が必要となっており、統治体制の変更がレジストリ運営の安定性を損ねることがないよう、ICANNが確認することになっています。

ここまでに述べてきた関係と、売却による変化を図にまとめると以下のようになります。

● コミュニティの反応

2019年11月13日の3社の共同発表以降、インターネットコミュティからは非常に大きな議論が沸きおこり、インターネット関連のいろいろな団体、個人、メディアが、本件に関する情報や見解を発表しています。ISOCが個人会員向けに開放している 「Internet Policy」という名前のメーリングリストも、連日たくさんの書き込みがあり、こちらには現在ISOCのCEOを務めるAndrew Sullivan氏が、連日いろいろな質問や意見に対して直接受け答えしています。

コミュニティからの意見にはいくつかの種類に大別されます。

  1. ISOCによるPIR売却自体への懸念、適切性への疑義
  2. ISOCによるPIR売却の決定の適切性への疑義、検討へのコミュニティ不在への批判
  3. 2019年6月に更改された .org レジストリ契約で価格制限が撤廃されたことと、本件との関連への疑義
  4. Ethos Capitalおよびその関連企業へのICANN元幹部の関与への疑義

これらに関して、以下、ISOCやICANNから公表されている情報から、読み取れるものを以下に示します。

 

●ISOCの見解

ISOCからは本件に関する追加説明として、CEO Sullivan氏、理事会議長 Gonzalo Camarillo氏からそれぞれステートメントが出ています。

KeyPolintsAbout.org: Advancing the Internet Society’s Mission Into the Future (Andrew Sullivan, 11/29)
ISOC: The sale of PIR: The Internet Society Board Perspective (Gonzalo Camarillo, 12/3)

Sullivan氏のものは、ステートメントというより売却案に関する情報提供の色合いが強いものです。売却合意額は約11億米ドル。売却益は基本財産として収受して、以降その運用益を収入とする。現在のPIRからのものと同レベルの収入を得られる見通し。基本財産運用に関して新たなガバナンス機構を構築。

Camarillo氏のものは、理事会がどのような観点からこの売却案を承認したかを説明するものです。

  • 冒頭は「我々はコミュニティからの反応をとても真剣に受け止めます」という言葉で始まっています。すでに挙がっていた意見や懸念を尊重すると述べるとともに、透明性が理事会の基本姿勢のひとつでありながら、売却交渉における守秘の兼ね合いでコミュニティに開かれた検討ができなかったとしました。
  • 売却の利点としては、PIRは経営の自由度を増して積極的なサービス展開と成長を見込めること、ISOCはPIRの管理から解放され、収入源(投資先)の分散による経営の更なる安定化に寄与することを挙げています。裏を返せば、売却によって解消を見込む既存の問題が示されています。
  • ISOCがPIRを「放棄」しようとしているのではないかと言った心配に応えるために、理事会の決定の上での重要な要素として、.orgコミュニティの発展に向けた施策の維持があったとしました。具体的にはコミュニティ代表による”Stewardship Committee”の創設がEthos Capitalの提案には含まれているとのことです。

 

●ICANNの見解

本件に関してICANNからは、以下のステートメントが示されました。

ICANN .ORG Update (12/9)

このステートメントは「アップデート」という名前の通り、上の ●ICANNとPIR の項で紹介しました .org レジストリ契約に基づいた手続きを淡々と進めていく旨が示されています。特徴的なのは、それに加えて、PIR、ISOC、Ethos Capitalに対して、コミュニティからの質問や懸念に応えていく観点からも、情報公開を重視するよう要望していることです。

●コミュニティの反応 の3)に挙げた、2019年6月の .org 契約の更改に関して、以下に背景を説明します。

.org契約の更改は、重要事項として理事会にも照会が掛かったものの、ICANN事務総長の判断で実施されたとしています。価格上限の撤廃を含む更改のポイントは、2012年の新gTLDプログラムによる新たなTLDに適用される標準レジストリ契約の諸条件に、新gTLDプログラム以前の契約でも可能な限り合わせていくことを旨としていることです。この更改に関しては、更改案段階の意見聴取で、価格上限の撤廃に対する反対が多数寄せられるなど、コミュニティの抵抗感の強いものでした。ICANNはこの意見聴取を受けても案通りに契約更改を進めたため、この契約更改実施に関しては、コミュニティからの再検討要求が提出されました。ICANN理事会は再検討要求を勘案した結果として、再検討要求を退け、契約更改実施の判断の支持を、2019年11月21日に決議しています。この決議に関する考え方は、2019年11月21日理事会決議、およびその付属文書である「Final Determination on Reconsideration Request 19-2」で示されています。

Approved Board Resolutions | Special Meeting of the ICANN Board
Final Determination on Reconsideration Request 19-2

●コミュニティの反応 の4)で挙げたICANN元幹部のEthos Capitalやその関連企業への関与に関しては、元幹部の関与の事実は確認できるものの、その適切性の見解などの表明はありません。

 

●まとめ

ISOCがPIRに関して持っていた経営の上の課題と売却の利点は、Camarillo氏から示されました。企業と事業の売却は、売却意図の存在を含め、売買双方における守秘が必要である事項であるため、このような組織の大変革の発表に関する関係者やコミュニティへの理解の醸成は後付けで実施する他なく、まさに今がその局面です。また、.org レジストリ契約の観点での承認権を持つICANNとしても、今後、契約に示された通りの情報照会と適宜性検討が進んでいくと予想されます。

.org は .com 、.netとともにインターネットの黎明から存在するgTLDだけに、大きく巻き起こっている議論の中には、.orgに対するコミュニティの大きな愛着からのものが多くあります。コミュニティに対し、新設の投資会社であるEthos Capital社が、PIRがISOCとともに培ってきた信頼に比肩できる納得性を提供できるか、理解を得られるような努力が今後なされるかが重要な鍵を握るでしょう。