News & Views コラム:電気通信と私
pr_team コラムメールマガジンで配信したインターネットに関するコラムを、このブログでもご紹介しています。2021年12月は、11月16日(火)~26日(金)の会期で開催した「Internet Week 2021」のプログラム委員としてプログラム作りに参加していただいた、株式会社インターネットイニシアティブの竹﨑友哉さんに、電気通信との馴れ初めからこれまでについてお書きいただきました。
私が生まれたのは1999年2月21日で、JPNICのインターネット歴史年表的にはNTTドコモが「iモード」サービスを開始する前日である。そんなiモードはつい先日の2021年11月30日に公式サイトが終了し、2026年3月31日にはサービス終了と、一つの歴史の終わりを感じる。
私と電気通信(ここではthe Internet)との初めての関わりは、正直な話気づいたら使っていたという記憶しかなく、関わったと明確に思い出せるのは中学校のパソコン授業と、いかにも現代っ子風の始まりだった。自宅にブロードバンド回線が開通したのは高校生の時と、同じ年代の人と比べると”遅い”方にあたると思う。その後はネトゲ三昧で赤点ギリギリの高校生時代を送り、専門学校では情報通信ネットワークの学科に在籍し、その知識を活かして現在ではthe Internetの一部であるAS2497のバックボーンチームで働いている。
今回このような導入で書き始めた理由は、趣味であるインフラ歩きについて語ることに他ならない。インフラ歩きでは、全国の電気通信に関連する史跡や施設を訪れたり、マンホールや示名条片などの収集を行ったりしている。
長野県にある日本電信発祥之地では、日本の通信の始まりについて感じることができる。1849年から始まった日本の通信の歴史は、さまざまな技術進歩により現在に至る。ちょうどこのNews & Views 12月定期号が発行される翌日の12月16日は、電話が東京~横浜間で開通した記念すべき日である。1890年の出来事だが、当時は月額料金の約10万円を払えばかけ放題という料金体系であった。現在の回線使用料1,870円(3級局)と市内通話料金3分9.35円と比べると、料金や提供形態でも違いが一目瞭然である。電柱に付いている注意看板一つとっても、現在では「重要電話線あり この付近を掘るときは必ず事前にご連絡ください」が一般的だが、広島で見つけた逓信省の注意看板には「電柱に登り毀損または動物を繋ぐこと、線路付近では発砲・投石・伐採・放火・その他危険な行為を禁止する」との記載があった。マンホール一つ取ってみても、古くからその地を守るものや、潮風に晒されサビだらけになっているもの、新しく設置されたものなど個性豊かである。どれも共通して言えることは、先人たちの”繋げる努力”と”時代への対応”を感じ取れることである。
COVID-19の流行により新しい生活様式が叫ばれた2020年・2021年だったが、最近は感染者数もピーク時に比べると大幅に減少している。これらの変化に対して、人の動きやトラフィックには今後も変化が出てくることと思われる。最近では、半導体不足など我々にとって痛い変化も起こっている。これらの変化に対してもいつでも当たり前に使える通信を守っていくことが、先人から受け継いだ使命であり、変わらずに守り続けるべきことだろう。
と言っても、気づいたら電気通信に触れ、いつの間にかthe Internetを支える1人になっていた筆者には、今後の変化などわかりかねるものである。
■筆者略歴
竹﨑 友哉 (たけざき ともや)
1999年福岡県福岡市生まれ。2020年に株式会社インターネットイニシアティブへ新卒入社し、AS2497バックボーンネットワークの設計・構築・運用を行う部署で働く。対外活動として、Home NOC Operators’ Groupの運営委員やInternet Week 2021プログラム委員を務める。趣味はインフラ歩き。