IETF116参加報告 [第2弾] ~IETF横浜会合を終えて~
tech_team IETF インターネットの技術 他組織のイベント 標準化とアーキテクチャ2023年3月下旬に、第116回IETFミーティングが横浜で開催されました。先日公開した第1弾では会合の全体会議についてのレポートをご紹介しましたが、第2弾となる本稿ではJPNIC理事であり、IETF 116の運営委員長を務めた浅井大史氏による本会合の振り返りをお届けします。
はじめに
2023年3月25日(土)から31日(金)にかけて、第116回IETF (IETF 116)が横浜で開催されました。第94回会合(IETF 94、2015年11月・横浜)から、約7年半ぶり(4回目)の日本開催となりました。また、COVID-19によるオンライン・ハイブリッド化以降では、ウィーン、フィラデルフィア、ロンドンを経て、初のアジア開催でした。IETF 116では、オンサイト993名、オンライン586名の参加者があり(*1)、第115回会合(オンサイト849名、オンライン666名(*2))と比べてもオンサイト参加者の割合が増え、COVID-19まん延前の第106回会合(2019年11月・シンガポール)の参加者数である998名(*3)とほぼ同じ水準まで戻りました。最近の傾向としては、ハッカソンの参加者が増加しており、今回もハッカソン会場は多くの参加者で非常に盛り上がっていました。このあたりも”We believe in: rough consensus and running code.”という、Dave Clark博士のIETFにおける格言をまさに体現している特徴的なものだと思います。
(*1) IETF 116 Proceedings
https://datatracker.ietf.org/meeting/116/proceedings
(*2) IETF 115 Proceedings
https://datatracker.ietf.org/meeting/115/proceedings
(*3) IETF 106 Proceedings
https://datatracker.ietf.org/meeting/106/proceedings
IETF会合は、年3回開催され、原則としては北米、欧州、アジアでそれぞれ1回ずつ開催されています。IETF 94からの大きな変化としては、IETF会合自体は長らくInternet Society (ISOC)が主催していましたが、現在はIETF運営改革の一環として2018年に設立された、IETF Administration LLC (IETF LLC)が主催しています(RFC 8712)。それぞれの会合は「ホスト」がスポンサーとなり、会議開催費用(ホスト費用)を負担することで成立しています。また、ソーシャルイベント、Tシャツおよび名札のネックストラップはホストで企画・製作しています。これらに加えて、IETF 116ではIETF会合を最大限有意義なものとすべく、IETF LLCと交渉してHost Equipment Demos (IETF 94におけるBits-N-Bitesと同様のイベント)をホストの企画イベントとして開催しました。
IETF 116の振り返り
今回のIETF 116は、IETF 94と同様にWIDEプロジェクトがホストとなり、22社のスポンサー企業にご協力いただき、無事に開催することができました。日本以外での会合では、通常1社がホスト・スポンサーとなりますが、日本ではこのようなコンソーシアム形式でIETF会合をホスト・スポンサーしています。私は、スポンサー企業の皆様から構成されるIETF 116運営委員会にて運営委員長に選任いただき、IETF 116の準備から運営まで携わらせていただきました。今回は、IETF 116運営委員長としてIETF 116を振り返りたいと思います。
IETF 116の開催地が発表されたのは、フィラデルフィアで開催された第114回会合(2022年7月)のプレナリーでした。IETF 94の際はホストが会場を手配する形式でしたが、現在はIETF LLCが全体の運営を担っており、IETF会合の開催地を選ぶにあたってはさまざまな基準(RFC 8718)を満たす場所を探し、選定しています。しかし、COVID-19による不確実性が高い状態での調整・交渉であり、またCOVID-19による渡航制限のため現地調査も制限されていたため、開催場所の決定に至るまでの道のりは非常に困難なものであったことは想像に難くありません。そのため、開催地の決定・発表が8ヶ月前となってしまいました。
(後述のNOCボランティアとして)開催地の決定・発表前から現地調査等の一部準備はしていましたが、IETF 116実行委員会・運営委員会を組織して本格的な準備が始まったのは2022年9月からでした。実行委員・運営委員の皆様に協力いただき、急ピッチで準備を進め、無事にIETF 116が開催でき、COVID-19以降初のアジア開催であったにもかかわらず、COVID-19まん延前とほぼ同じ参加者数で大きなトラブルもなく終えることができました。また、長い渡航制限で現地参加が難しかった、日本や他のアジア諸国からの参加も非常に多くありました。オンサイト参加として登録した参加者のうち、29.3%が日本からの参加(CountryをJPとして登録した参加者)であり(*1)、日本開催の意義が極めて大きなものであったとあらためて実感しました。
IETFの運営においては、さまざまな場面でボランティアが活躍しています。代表的なものとしては、Internet Architecture Board (IAB)やIESG候補者の選出を行うNomCom (Nominating Committee)の委員やワーキング・グループの座長(チェア)もボランティアです。また、IETFで必要なツール類(datatrackerなど)もボランティアによって開発・運用されています。日本での開催においても、ホスト・スポンサーの皆様にボランティアとしてIETFの準備・運営に参加していただきました。道案内などにも協力いただき、日本のホスピタリティを表すとともに、非常に満足度の高い会合となったのではないかと考えています。
■ NOCボランティアと会場ネットワーク
ボランティアの中でもIETF会合の大きな特徴として、Network Operations Center (NOC)ボランティアがあります。IETF会合におけるネットワーク(会議場とメインのホテル)は、NOCボランティアを中心に構築・運用されています。私自身も、第90回会合からNOCボランティアとしてIETF会合のネットワーク運用に携わっているので、今回のIETF 116におけるNOCボランティアと会議ネットワークについても振り返りたいと思います。
ニュースレターNo.82(2022年11月発行)でも紹介したように、IETF会合のネットワークへの要求事項には、「フィルタされていないネイティブなIPv4およびIPv6によるインターネットアクセス」という特徴的な要件があります(RFC8718)。このためにIETFでは、AS番号とIPアドレスを確保し、機材を開催地に持ち込み、複数のISPとBGPを用いて相互接続して、ネットワークを構築しています。今回は、Connectivity SponsorとしてAS4713 (NTT Communications Corporation)、AS2516 (KDDI CORPORATION)の2社に、回線とトランジットサービス(IPv4, IPv6)をご提供いただきました。
IETF会合のネットワークについて、IETF 94では、WIDEプロジェクトやスポンサー企業などからボランティア(人材)と機材を募り、会議ネットワークをゼロから作るという試みを行いました。この取り組みは、ゼロから作るためホットステージ(事前構築・検証)が必要であったり、その構成での運用知見が乏しくなることなどから大変ではあるものの、若手を育成したりコミュニティ間(オペレータやエンジニアとIETFの標準化コミュニティなど)の新たな関係を作ったりという観点では、非常によかったと考えています。しかし、今回はハイブリッド化への対応などのため、会議ネットワークでカバーするサービスとその重要性が増しており、構成が変わった場合にオンライン参加者が混乱する可能性が高かったため、通常のIETF機材を用いることとしました。
一方で、約7年半ぶりの日本開催で、若手の育成やコミュニティ間の関係性の醸成もしたいという気持ちが強かったため、日本からのNOCボランティアも募集し、13名の方にIETF 116 NOCローカルボランティアとして参加していただきました。その結果として、他のNOCボランティアがIETFネットワークの構成や設定、運用、さらにはインターネットアーキテクチャを若手(学生)に詳しく教える機会があったり、日本のエンジニアがNOC活動やIETF会合のWGを通じて自発的にコミュニティをつなげたりというようなことが起こり、改善の余地はあるものの、初の試みとしては大成功と言えると思っています。また、NOCチームのうち数名が急遽来日・参加できなくなるアクシデントがあったのですが、それでも無事に終えられたことは、NOCローカルボランティアが初のIETF NOCボランティアであったにもかかわらず、高いクオリティで仕事を達成したおかげであると思います。
私自身も、第90回会合から第93回会合までは、第94回横浜会合の準備(要件や構成、運用などの勉強)のためにNOCボランティアとして参加していました。しかし、自らがリーダーシップを取って構築、運用したIETF 94を経て、Internet-DraftなどのIETFへの直接的な貢献だけでなく、国際的なコミュニティ活動に興味を持ち、第95回会合以降も継続してNOCボランティアとして参加することになりました。今回のNOCローカルボランティアの活動から国際的なコミュニティ活動を通じて、グローバルなインターネットの発展に貢献するエンジニアが出てくることを期待しています。
最後に、余談ではありますが、IETF NOCの興味深いところとしては、運用で課題に思ったことはInternet-Draftを書いてRFCにしてしまうというプロセスを、IETFの中でできてしまうことだと思っています。例えば、IETFのネットワークは、AS番号やIPアドレスブロック、無線LAN基地局を持ち歩いているため、これらの情報に基づいた位置情報(Geolocation)が正常に動作しないことがあります。このような問題の解決策の一つとして、RFC 8805 (A Format for Self-Published IP Geolocation Feeds)は、IPアドレスブロックに対して位置情報を公表するためのフォーマット・手法を定義しています。このような活動はIETFならではと言えると思います。
おわりに
IETF 116を振り返り、私個人としては、IETF 116運営委員長として、IETF NOCボランティアとして、今回の会合が無事に終わって一息ついているところですが、IETFの”make the Internet work better”という目標に向けて、Internet-DraftやWG参加など、さまざまな形態でIETFコミュニティに参加して、今後も貢献していきたいと思っています。今回の日本開催で、多くの方が日本から参加するきっかけになったかと思うので、今後もIETFとのつながり・活動を継続していただき、また何年後かに日本で開催する機会があった際には、IETF 116の参加者・関係者がより多くの次の世代を巻き込んで、さらに盛り上がることを期待しています。