APrIGF 2024報告
dom_gov_team インターネットガバナンス 他組織のイベントAsia Pacific Regional Internet Governance Forum (APrIGF) 2024は、台湾・台北とオンラインのハイブリッドで2024年8月21日(水)~23日(金)にかけて開催されました(8月20日(火)にもDay 0としてセッションあり)。今回の会議はTaiwan Network Information Center (TWNIC) が主催し、2016年以来8年ぶりの台湾での開催となりました。
全体概要
今回のAPrIGFには1,060名の登録があり、671名が現地参加し、オンライン参加の登録者数は293名でしたが、実際には1,674名がオンライン参加したとのことです[1]。67ヶ国/地域からの参加がありました。参加者の地理的分布は、台湾が約18%、東アジアが18%、南アジアが約28%、東南アジアが約24%となっています。
セッション数は57で、台湾の国別IGFであるTWIGFの年次会合も併催された[2]ため、最大4セッションの同時並行開催となりました。
テーマ
APrIGF 2024の全体テーマは、Evolving Ecosystems, Enduring Principles: Shaping Responsible Internet Governance(進化するエコシステム、恒久的な原則:責任あるインターネットガバナンスの形成)となりました。その下で、次の三つのテーマトラックが設けられました。
- セキュリティとトラスト
- 強靭性(レジリエンス)
- 新興技術の倫理的なガバナンス
TWIGF 2024の全体テーマは、Rethinking Internet Governance: Artificial Intelligence, Resilience, Sustainability, and Security (インターネットガバナンスの再考:人工知能、強靭性、持続可能性、安全)となり、その下に次の三つのサブテーマが設けられました。
- 人工知能の開発と応用
- 強靭性と持続可能性
- 安全
統合文書
APrIGFの成果文書として毎年作成されている、統合文書(Synthesis Document)[3]は今年も作成され、草稿第0版については9月1日までコメントが募集されました。その後推敲委員会(Drafting Committee)で検討・改版がなされ、9月後半には次の版が公開されコメントが募集される予定です[4]。最終版は10月半ばの公開予定となっています。
開会式
蕭副総統によるスピーチ
開会式・キーノートスピーチ登壇者と主催者の集合写真撮影タイム
初日21日朝一番で開催されたAPrIGFおよびTWIGFの合同開会式では、次の方々が挨拶されました。
- Amrita Choudhury, APrIGF MSG (Multi-stakeholder Steering Group) Chair
- Kenny Huang (黄勝雄), Board Chair, TWNIC
- Kuo-Wei Wu (呉國維), Chair of TWIGF
- Yennun Huang (黄彦男;), 数位発展部(デジタル発展省)部長(大臣)
- Bi-khim Hsiao (蕭美琴), 中華民国副総統
- Vint Cerf, IGF Leadership Panel Representative
まずChoudhury氏からの登壇者、ホスト、スポンサー、参加者、フェローへの感謝および呼びかけで始まり、次いでTWNIC理事長Huang氏はインターネットの未来を形作るために積極的に議論に参加するよう参加者に呼びかけ、すべての人々にとってオープンで安全かつ強靭なエコシステムを促進することの重要性を強調しました。Wu氏からは、2016年に台北でAPrIGFを主催したことを振り返り、インターネットガバナンスはますます複雑化しており、技術的な管理から、教育、文化、人権を含む広範なデジタル文明へと進化していることなどについて述べられました。
数位発展部部長の黄氏からは、インターネットガバナンスが現代の生活、文明、経済発展において重要であると強調した上で、インターネット上の偽・誤情報やセキュリティ脅威の課題に対し、信頼性、人権、そしてオンラインの民主主義を維持する必要性を訴えました。
蕭副総統もまた、デジタル時代におけるグローバルなインターネットガバナンスの重要性を強調しました。次いで、台湾は高度な半導体製造技術を有し、AI革命の中心に位置しているため、台湾の安全と地域の安定は、全世界の利益にとって極めて重要であることから、デジタル強靭性の強化、デジタル人材の育成、技術革新の推進へのコミットメントを強調しました。また、自由でオープンかつ強靭なインターネットエコシステムを構築し、技術を用いて社会問題に取り組むこと、デジタルおよび技術開発の過程では、国民のニーズを優先し、より包括的・包摂的・先進的なデジタルガバナンス環境の構築を目指している旨を述べました。
Cerf氏はビデオレターで登壇し、フォーラムの全体テーマについて触れた上で、特に人工知能と大規模言語モデルの登場に伴うインターネットの急速な進化を強調しました。次に、AIの課題と機会について、責任の所在、情報の出所、偽・誤情報などの問題に言及しました。これらの課題に対処し、グローバルなインターネット政策を形成する上で、IGFの重要性を強調し、グローバル・デジタル・コンパクト(GDC)の実施においてIGFが重要な役割を果たすこと、リヤドで開催されるIGF 2024の議論に反映するためのAPrIGF 2024の成果、これらに期待していると述べました。
キーノートスピーチ
CC 表示 – 非営利 – 継承 2.0 一般 https://flic.kr/p/2qbtvMa Photo taken by Taiwan Network Information Center (TWNIC)
開会式に引き続き、村井純慶應義塾大学教授より、キーノートスピーチがありました。概要は、以下の通りです。
- アジア太平洋地域は、インターネットユーザーの数が多く、さらなるアクセス拡大の可能性があるため、グローバルなインターネットの風景において重要な役割を果たしている
- リアルタイムアプリケーションにとって有益な短いラウンドトリップタイム(RTT)を提供するため、データ交換、データセンター管理、デジタル基盤において各国が協力することが不可欠
- インターネットの拡大は標準化の成功に支えられており、これによりイノベーションが確立されたプロトコルの上に構築されているため、アジア太平洋諸国がIETFやWorld Wide Web Consortium (W3C)などの組織に参加することは、将来の標準策定のために非常に重要
- インターネットガバナンスは、データ、技術、エネルギーに関してマルチステークホルダーモデルで取り組む必要があり、これらのトピックを縦割り化せず、包括的な議論を行うことが重要
- アジア太平洋諸国からのインターネットガバナンスに関する議論への参加を増やすことは、インターネットの将来の発展にとって不可欠
- 研究および教育ネットワークもインターネットの発展に重要な役割を果たしており、データがますます重要になる中、機密情報を保護しつつ、公的データをアクセス可能にするための安全な共有モデルを確立する必要があり、その取り組みに大学や教育機関を関与させることは、若い世代の育成の場となるため非常に重要
セッション紹介
ここでは、いくつかのセッションの内容を詳しくお伝えします。
GDC後の時代におけるマルチステークホルダー主義
本セッションは大東文化大学教授の上村圭介氏がモデレーターを務めるセッションで、日本からは他にも一般財団法人国際経済連携推進センターの加藤幹之氏、総務省国際戦略局の飯田陽一氏が登壇されました。インターネットガバナンスにおけるマルチステークホルダーモデルの将来について議論することを目的としたセッションで、登壇者からは主に以下について言及されました。
- WSISプロセスおよびICANNが設立された経緯
- マルチステークホルダーモデルの歴史の考察
- インターネットや技術コミュニティ以外の政策決定の場においてマルチステークホルダープロセスがどのように遂行されたかについての検討の必要性
- 複数のモデルを持つことの重要性
- 包摂性とボトムアップがマルチステークホルダーアプローチの必須要素であること
- 市民社会のより積極的な関与の必要性
- 中小企業や発展途上国の市民社会を包摂することについての考慮の必要性
- GDCのマルチステークホルダーに対するプロセスが形だけであること
- NETmundial+10のプロセスの振り返り
参加者からは、主に以下の点について、意見が述べられました。
- マルチステークホルダー主義を変化の観点から見る必要性
- WSISを開催した頃にマルチステークホルダーという概念を取り入れられるようにすること
- 民間部門や市民社会の人を議論に参加させ、国連や政府関係者にその概念を理解してもらうこと
- 市民社会を代表できる正当性を証明することの難しさ
NETmundial+10, GDC, WSIS+20 – インターネットガバナンスの世界で他に何が起こっているか
本セッションのモデレーターはオーストラリアの.au ccTLDレジストリであるauDAのJordan Cartar氏と、ICANNのYien Chyn Tan氏が務め、パネリストはJPNICの前村昌紀(遠隔参加)と、市民社会および政府から各1名でした。まずCarter氏から背景として、2024年4月にブラジル・サンパウロで開催されたNETmundial+10、ジュネーブで2024年5月に開催されたWSIS+20ハイレベルフォーラム(2023年までは「WSISフォーラム」として毎年開催)、グローバル・デジタル・コンパクト(GDC)について説明がありました。その後、WSIS+20レビューの一環として今後行われる予定のイベントについて、およびIGFの今後について起こり得るシナリオが共有されました。続いて、各パネリストから次のような意見が述べられました。
- IGFはどのような形で刷新されるのか?新たな仕組みが必要なのか、それとも既存の仕組みを強化すれば対処できるのか?
- コミュニティ全体をまとめ、共通の立場と共通の結果をまとめるにはどうすればよいか?そういった共通性・統一性は、インターネットガバナンスの結果を追求していく上で、不可欠なものとなるだろう
- NETmundial+10は、マルチステークホルダーによる議論が本当に価値ある成果を生み出すことができるという、非常に良い例となった
その後、Carter氏から以下の三つの質問が投げかけられました。
- NETmundial、WSISフォーラム、GDCのこれまでのプロセスから何を学んだか
- インターネットの断片化を避けるために、これらの議論で保護されるべきインターネットの原則とは何か、また 保護すべき原則とは何か
- WSIS+20の見直しにあたり、この地域が優先すべき事項は何なのか、そして、私たちはどのように参加するのが最善なのか
これに対し、参加者から多数意見が述べられました。ネット中立性や技術標準化など、広がりを持つ内容となりました。技術コミュニティにおいて主にGDCプロセスにおいて意見をまとめ提示するための、マルチステークホルダー主義のための技術コミュニティ連合(TCCM)というイニシアティブが作られたことにも言及がありました。
マルチステークホルダー主義のための技術コミュニティ連合の紹介
本セッションは、インターネットガバナンスにおけるマルチステークホルダーアプローチを擁護するために技術コミュニティのメンバーによって結成された連合を紹介するためのものと言ってよいと思います。先に触れたように、この連合は、「マルチステークホルダー主義のための技術コミュニティ連合(TCCM)」と呼ばれ、ドメイン名レジストリや番号レジストリなどの技術コミュニティからの異なる組織を集めて、インターネットガバナンスに関する議論や政策に共同で影響を与えることを目的としています(JPNICもTCCMの一員です)。
こちらのセッションも、auDAのCarter氏がモデレーターを務め、.tw (TWNIC)、.nz (InternetNZ)、.jp (JPRS)、.uk (Nominet)の各ccTLDの方々がパネリストとして登壇しました。
はじめにCarter氏より、インターネットガバナンスの現状と、TCCMが結成された背景について説明がありました。国連におけるインターネットガバナンスに関する議論では、一部の国々がマルチステークホルダーによるインターネットガバナンスのアプローチを支持しておらず、あるいはその弱体化を望んでいるということと、国連のプロセスでは政府が発言権と投票権を持ち、その他のステークホルダーは都合の良いときに招待されるだけであるため、マルチステークホルダーによるインターネットガバナンスを守るために何らかの取り組みが必要である、という認識のもとTCCMが結成されました。そして、技術コミュニティには人々を集め、コミュニティ全体を代弁する権限を持つものは存在しないため、主にccTLD管理者が集まってこの連合を始め、その後gTLDレジストリ・レジストラや番号レジストリも参加しました。
参加者からは、以下のようなコメントがありました。
- 政府がデジタル政策を策定する際に、マルチステークホルダーメカニズムに従うかどうかの説得は難しい。国の統治体制や国際政治が関わってくる
- マルチステークホルダーメカニズムの支持者と政府が協力するためのグループやメカニズムをどのように構築できるか
- 2025年はWSISの見直し、IGFの開催年限の延長、GDCの成果、多国間主義とマルチステークホルダー主義の役割全体の見直しが行われるので、技術コミュニティからの声が必要
- 技術コミュニティが自分自身を定義し、どのような役割を果たすのか説明することが重要
- オープンなインターネットを守るため、およびマルチステークホルダー主義を推進するために、次世代に活動を継続してもらう必要がある
閉会時の全体会議(Closing Plenary)
発言するTang氏
「デジタル空間において、リスクをバランスさせ包摂を確保しつつイノベーションを活用」という副題がついたこのセッションでは、Global Digital Inclusion PartnershipのWaqas Hassan氏がモデレーターを務め、APNIC FoundationのRajnesh Singh氏、前台湾数位発展部部長のAudrey Tang(唐鳳)氏、eWorldwide GroupのSalma Abbasi氏、MicrosoftのMichael Kariman氏がパネリストとして登壇し、各々がイノベーション、安全性、包摂性についての見解を共有しました。
Singh氏は、特に地域レベルでのイノベーションについて述べ、南アジアや東南アジアの港や工業地帯から遠いと思われる特定の地域で鉄骨ではなく地元ではありふれている竹を使って通信塔を建設するというような、コミュニティ主導のイノベーションの重要性を強調しました。
Tang氏はまず、台湾では、イノベーションについて考えるとき、技術革新だけでなく、社会的なイノベーションについても考えるが、これはイノベーションは単なる技術の応用とは異なり、決して道徳的に中立なものではないためであると述べました。次に、人権とオンライン上の安全性やリスク管理をトレードオフで考えるのではなく、両方を確保し、市民社会のアクターが有機的に集結することを目指すべきであると述べました。さらに、政府の役割として、政府は一種の資金提供機関として行動する必要があるが、デマや情報操作への対策に関しては、トップダウン式の直接的な管理は行わないということであると述べました。
Abbasi氏は、特に社会的に疎外されたコミュニティにおける草の根イノベーションの実践について共有し、パートナーシップについて議論し、デジタル平等を達成するために政策を複数の省庁にまたがって統合する必要があること、グローバルな評価基準を持つ必要があること、および変化の真の進展に実際に影響を与えることができるようにする必要性を強調しました。
Kariman氏は、すべての利害関係者の責任ある行動が重要なサイバー空間において、ルールに基づく秩序を推進することが重要と述べました。次いで、あらゆる規模の企業が、あらゆる場所で、事業活動、特に開発・販売する製品において、またビジネス上の関係においても、人権を尊重する責任があるとも述べました。さらにイノベーション、リスク、そして包括性のバランスは、継続的なプロセスであり、絶え間ない警戒、適応、対話が必要であるとも述べました。
質疑応答のセッションでは、モデレーターから次の質問がパネリストに投げかけられて議論が行われました。
- オンライン体験が安全なものであることをどうやって保証できるか
- 政府が実際に安全なオンライン体験を促進し、同時にイノベーションが社会に確実に定着させるにはどうすればよいか
- テクノロジーはすべての人に公平な競争の場を提供すべきだが、それをどのように保証できるか、また、実際にそれが実現する上で重要な要因は何か
- サイバーレジリエンスに関して、企業はどのような設計原則に注目しているのか
その次に、参加者から投げかけられた質問である、技術的な議論へ市民社会が関与することの重要性、技術的能力と社会や人間との間のギャップの拡大、デバイスの価格の問題、新技術に対する恐怖などについて議論されました。
最後に
閉会式では、ホストであるTWNIC事務局長のJo-Fan Yu (余若凡)氏より、参加者への感謝およびTWNICで本イベントに関わった職員にねぎらいの言葉を述べ、次いで本イベント開催に多大な貢献を行った事務局のEdmon Chung氏(DotAsia)、およびアジア太平洋ユース運営委員会のSameer Gahlot氏、APrIGFマルチステークホルダー運営委員会のAris Ignacio氏からそれぞれ挨拶がありました。
続いて、次回2025年の会議のホストとなるネパール[5]よりBabu Ram Aryal氏(ネパールIGF)が遠隔で挨拶を行い、新型コロナウイルスのパンデミックにより、2020年はバーチャル開催となり、開会式と閉会式はカトマンズで行うハイブリッドモデルに変更となったこと、残念ながら、パンデミックのため、外国人がネパールへ渡航できなかったことに触れ、このたびカトマンズが選ばれたことを光栄に思う旨の発言がありました。挨拶に次いで、ネパールの紹介ビデオが流れました。
偽情報、AI、インターネットフラグメンテーション、仲介者の責任、医療データガバナンス、海底ケーブルなど他にもセッションは盛りだくさんでしたが、全部を紹介することは困難ですので、興味ある方はサイト[6]から録画を視聴いただくことが可能です。
[1] https://aprigf.tw/2024/08/28/reflecting-on-the-success-of-aprigf-and-looking-forward-to-nepal/
[2] https://www.igf.org.tw/?page_id=9570
[3] https://comment.rigf.asia/
[4] https://ap.rigf.asia/news/2024/the-aprigf-2024-synthesis-document-process/
[5] ネパール政府が主催し、ISOCネパール支部が共催と紹介されていました。
[6] Day 1: https://aprigf.tw/program/day-1-aug-21-wed/