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地域インターネットレジストリの統治機構に関する2023年のまとめと2024年の展望

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JPNIC政策主幹の前村昌紀です。2023年には地域インターネットレジストリ(RIR)の統治機構の堅牢性に関して、カンファレンスでの発表や記事執筆の形で取り上げてきました。まずはそれらを列挙することから、本稿を始めようと思います。

本稿では、これらの発表や記事に要約や補足を加えることで、2023年の流れを整理してお伝えし考察を加えた上で、2024年の展望を述べたいと思います。それぞれの記事で参照されているリファレンスは本稿には含めませんので、ぜひともそれぞれの記事も併せてご覧ください。

 

■ AFRINIC:多くの訴訟を抱えての機能不全を経て管財人による機能復旧プロセスが始まるか

RIR統治機構の問題の震源地はAFRINICです。AFRINICではある会員がIPアドレスポリシーおよび会員契約に反して、域外を含むと考えられる顧客に数多くのIPアドレスをリースしていたとして、まずAFRINICがこの状態の是正を会員に求めました。そして、是正されないことを確認した上で、2021年3月に契約に従った手続きを開始したところ、この会員が手続きを不服として訴訟に訴えました。その後、この会員が50にも上る訴訟や差し止め請求などを提出した結果、認められた差し止め請求により、銀行口座が一時凍結されたほか、理事選挙による理事の選出ができなくなり、その結果理事会が定足数に達せず、2022年4月を最後に理事会決議ができない状況です。

これによって、任期を迎えたCEOの指名や予算の承認など法人運営に関する本質的な決定ができず、日常業務だけは職員によって続けられているという状態です。ASO ACへのメンバー選出もできず、1名残っていたアフリカ地域選出メンバーも、2023年12月で任期満了を迎えました。ASO ACは各地域から最低1名の出席がないと会議が定足数に達しないため、ASO ACの議決もできず、従って、ICANN理事の指名や、ICANN推薦委員会メンバーの指名などができないという形で、AFRINIC以外にも影響が及ぶ状態となりました。

このようなAFRINICの危機的な状況に、他のRIRだけでなくICANNも積極的に支援に乗り出しており、その結果2023年9月にはモーリシャス最高裁が管財人を指名し、AFRINICの財産を保全した上で、理事やCEOの指名に向けた手続きを課しました。

NRO Statement on Appointment of an Official Receiver for AFRINIC

積極的な対応を進めるICANNは、CTOのJohn Crain氏を、業務背景などの専門的な知識によって管財人に対して助言を行うアドバイザーとしてAFRINICに派遣して、管財人の業務を支援することを打ち出しました。2023年9月26日から30日まで南アフリカのヨハネスブルグで開催されたAfrica Internet Summit 2023では、AFRINICの職員の現地運営参加はなかったものの、AFRINICオフィスから管財人が遠隔で管財業務に向けた意気込みを語るなど、進展への期待が高まりました。しかしながら、この管財人指名にもその後異議が唱えられ、管財人業務は一時休止となっているとのことで、これ以降の公開情報はありません。管財人指名の際に示された作業見込みはひとまず半年となっていましたが、少なくとも3ヶ月間は作業が空転している形となっています。今後も動向把握に努めようと思います。また、2023年12月のアフリカ地域選出ASO ACメンバーの任期満了に関しては、ASO ACの運営規則を変更することによって各地域参加の定足数要件を取り除き、過半数を定足数と改めることでひとまずの継続性を確保しました。

 

■ APNIC:選挙不正への対処として機構変革によって史上初の会員投票による定款変更実施

前項で「RIR統治機構の問題の震源地はAFRINICです」と申しましたが、APNICの問題はAFRINICで訴訟を行った一団による、2023年3月に行われたAPNIC理事選挙における選挙不正の問題です。一団は2022年の選挙にも候補者を擁立していましたが、2023年選挙には過半数形成をめざしてか6名の候補を送り込んだ積極姿勢でした。APNIC事務局側としては、2022年の選挙でも垣間見えた選挙不正疑惑に対応するために、新たにEC選挙候補が遵守するべき行動規範(Code of Conduct, CoC)を定め、この遵守を監視するためのCoCチェアというコミュニティポジションとともに、不正に関する報告窓口を設けたました。ここに、APNIC職員を騙った電話や悪質な投票招請などの申告が寄せられ、一団の候補の選挙違反が1件、公式に認知されました。

結果的に選挙では、今回改選であった松崎吉伸さん(株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)、JPNIC理事)をはじめとする現任理事を中心とした候補が無事に当選してことなきを得ましたが、CoC制定やその監視機構の構築をもってしても、違反候補を失格とすることができないという問題が露呈し、定款などで構築される統治機構の改善がぜひとも必要だということが分かりました。また、定款の変更には全会員票数の2/3の賛成を得る必要があり、会員投票での定款変更は「現実的に不可能」と認識されている状況でした。この状況を憂慮したJPNICは、選挙結果が公表された後、公開書簡として理事長名で統治機構強化の要請を送りました。APNICとしては2023年3月の時点で既に統治機構強化に向けて検討が進められていたようですが、JPNICの要請は主要会員からの強い要請として認知され、機構強化を後押ししたようです。

その後APNICは、7月に統治機構強化の計画を発表しました。実は定款変更の困難さを回避する方策が一つあることは、APNICの役職員の中では知られていたことでした。会員組織であるAPNICとして我々が認識しているものは、APNICの母体法人であるAPNIC Pty Ltd(以下APNIC法人)の取締役会特別委員会として定義されており、APNICの定款と呼ばれているものは、この委員会の定款です。従ってAPNICの定款は、法人構成の中で上位組織となるAPNIC法人取締役会が専権で変更できるということになります。また、APNIC法人の取締役会は、APNIC事務局長のPaul Wilson氏を単一の取締役とするもので、つまり、会員組織の統治機構は、実はWilson氏が簡単に上書きできるということになります。この方法は劇薬と言え、その劇薬を1回だけ使って、会員による良好な統治を実現するという意図によって、7月の計画は以下の2点を中心としたものでした。

  • APNIC法人取締役会の専権で、APNICの定款が会員投票で現実的に変更できるようにする(「全会員票数の2/3の賛成」から「総投票数の2/3の賛成」に変更)
  • APNIC理事がAPNIC法人の取締役にも就任するとともに、APNIC法人の株式(それまでWilson氏が専有する形)もAPNIC理事会が共同で保持する形にする

つまり、劇薬とも言える専権による定款変更を、会員が権限行使できる方向に適用するとともに、専権を持つAPNIC法人の統治を、会員選出の理事に引き渡す、ということです。これとともに、上述の選挙機構を中心とした問題点に対処することを目的とした定款改定の素案が示され、会員やコミュニティからの意見が招請されました。8月にはコミュニティコンサルテーションとして、APNIC法務担当者から改定素案を説明して会員の意見を聞くWeb会議を開催するとともに、メーリングリストでの議論も進みました。これらの意見聴取を元に定款改定の最終案が示され、2023年9月に京都で開催されたAPNIC 56カンファレンスで開催された臨時総会において、可決となりました。これをもって、2024年の理事選挙はより堅牢な機構を通じて行うことができるようになりました。

 

■ 技術コミュニティにおける動き

このようなRIRの統治機構の懸念に対して、技術コミュニティではいくつか動きが出てきています。2023年10月にドイツ・ハンブルクで開催されたICANN78会議では、オープニングセレモニーで理事会議長のTripti Sinha氏が、ICANNがAFRINICの状況改善に向けて積極的に支援に乗り出し、今後もそれを継続するという姿勢を明言しました。また、Global Internet Infrastructure Technical Coordination Meeting(グローバルインターネット基盤技術調整会議)と題されたセッションが開催され、Sinha氏と理事会技術委員会チェアとなったChristian Kauffman氏から、集まった数十人の参加者に対して、そういう新たな会議体を作るべきか、という問いかけがなされました。このセッションは、タイトル以外何も内容が事前に分からなかったにもかかわらず、大勢が参加している状況は、ここで述べているような技術調整の問題に対する関心の高さを示していたように思います。

ICANN79 : Global Internet Infrastructure Technical Coordination Meeting

2023年11月にイタリア・ローマで開催されたRIPE 87ミーティングでは、オープニングプレナリーで、Randy Bush氏が「RIRの社会契約」と題した基調講演を行いました。その中でBush氏は、RIRがコミュニティに対して果たすべき役割や性質を見つめ直すべきではないかと訴えました。またRIPE NCCの会員総会では、APNICの定款変更と同様の基本定款改定案が提出され、可決されました。

RIPE 87 Randy Bush: “The RIR Social Contract”

RIPE NCC基本定款改定案

2023年11月RIPE NCC会員総会投票結果

■ 展望と考察

ここまで、AFRINICとAPNICで懸念されていた統治機構の問題に関する、今までの対応状況と、技術コミュニティにおける動きを概観してきました。AFRINICに関しては、何はともあれ管財人による、会員選挙による理事指名とCEOの選任に向けたプロセスが進むことを望むばかりですが、管財人指名の後にも異議が唱えられてプロセスが止まっている状況を見るに、まず司法において、IPアドレスの管理やグローバルインターネットの運営調整といった業務の重要性が正しく認識されることが重要で、それを含めた交渉や働きかけを地道に続けていくことが肝要です。ICANNやRIRがAFRINICの支援を続けていますが、JPNICでもこの動向については引き続き注視し、適宜お伝えしていきたいと思います。

APNICに関しては、改定された定款による選挙が既に公示されています。新たな定款では理事選挙においては候補者の適格性確認、選挙違反時の候補者資格停止の権能を選挙委員会が設けることになっており、私はこの選挙委員会の委員に指名されました。新たな機構の初回に立ち会うことになり、身が引き締まる思いです。まずは2024年の選挙が大過なく終わることを願います。さらには9月の定款変更は、2023年の理事選挙で問題となった部分への対処が目的でしたが、1998年に定められた定款には、まだいろいろな問題があるはずです。理事会がリーダーシップを取ることはもちろんですが、会員を大いに巻き込んで、これからもさまざまな問題が起こりうるインターネットも乗り切れる、統治機構を作っていけるような動きを期待します。

国際連合において検討されている今後のデジタル社会に向けた約定、グローバルデジタルコンパクトに関して、その検討文書の中で、技術コミュニティが正しく認知されていないことを憂慮する声明が、2023年8月、ICANN、ARIN、APNICの連名で出されました。

The Global Digital Compact: A Top-Down Attempt to Minimize the Role of the Technical Community

本件に関する詳細は割愛しますが、技術コミュニティが正しく認知されることは極めて重要です。技術コミュニティは、2016年にIANA監督権限移管という大事業を成し遂げました。

IANA機能の監督権限の移管について

このIANA監督権限移管によって技術コミュニティは、米国政府の監督なしでも、自治によって、グローバルインターネットの根幹を好ましく運営できるということを立証したと言えます。今回AFRINICやAPNICで起こったことは、この信託に影を落とすものです。信託を維持するためには、問題に当たってもこれに効果的に対応し、補強が必要な部分に補強を施し、間違ったものがあればそれを正し、実践的に運営していくことしかありません。現在の技術コミュニティメンバーのさまざまな活動が、より堅牢なグローバルインターネットの基盤運営を実現し、世界中の方々からの信託を得続けることに繋がることを願ってやみませんし、JPNICとしてもそれに少しでも貢献できるように、努めてまいりたいと思います。

 

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