IETFアップデート – 第118回IETF [第4弾] IETF 118での次世代ネットワーク・ルーティングプロトコルの動向
pr_team IETF インターネットの技術 他組織のイベント「IETFアップデート – 第118回IETF [第1弾] 全体概要、BOF、tigress WG」「IETFアップデート – 第118回IETF [第2弾] TLS WG、SML WG、HotRFC」「IETFアップデート – 第118回IETF [第3弾] ハイブリッド公開鍵暗号スキーム HPKE とその応用技術の動向」に続いて、第4弾としてHackathonの様子やResearch Group (RG)における次世代ネットワーク・ルーティングプロトコルの議論についてご紹介します。今回のレポートは、柳田涼氏(グラスゴー大学)にご執筆いただきました。
現在イギリス・スコットランドにあるグラスゴー大学で博士研究員(Post Doctoral Research Associate)をしている筆者が、今回のIETF 118で見聞きした次世代ネットワークプロトコルやルーティングプロトコルについての動向を簡潔にお伝えしたいと思います。
IETFでは主にワーキンググループ(WG)が標準化に向けて議論を進めていきますが、IETF会合では姉妹団体である Internet Research Task Force (IRTF)も会議を行っています。IRTFでは長期的な研究に関する議論が主に行われます。IRTFはいくつかのResearch Group (RG)に分かれており、WGと同じようにチェアがいて、メーリングリストやIETF会合中のRG会議などで議論が進められます。
今回のIETF 118では、筆者は現在の研究プロジェクトに関連したIRTFのセッションを中心に参加しました。また、会合開始前の週末に同会場で行われていたHackathonにも参加していました。ここではIETF Hackathonの様子、筆者が参加したHackathon活動、そしていくつかのRGをセッションの様子を通じて、次世代ネットワーク・ルーティングプロトコルについての動向を紹介します。
■IETF Hackathon – ILNPv6 デモ
2019年のIETF 104以来のプラハでのIETFでしたが、当時のHackathonと変わりのない賑わいでした。筆者は2019年当初は博士課程に在籍しており、ILNPv6 というネットワークプロトコルの開発・実装に携わっていました。IETF 104では研究成果の一部をデモするために、指導教官のSaleem Bhatti教授と共に参加していました 。
今回のIETF Hackathonには、後輩の博士学生がFreeBSDで実装したILNPv6コードを載せたホストを持参していたSaleem氏が参加しており、デモ・検証を手伝うこととなりました。
今回のデモではIETF側が用意したIPv6サブネットにILNPv6を実装したホストを接続し、そこからインターネットを経由しセントアンドリュース大学にあるILNPv6を実装したFreeBSDホストにiperfやsshなどで接続することで、ILNPv6のパケットが一般のIPv6インターネットを経由しても問題なく通信できることを示すものでした。
IETF 104で筆者が行ったILNPv6デモはクローズドなネットワーク上におけるLinux実装のILNPv6でしたが、今回はFreeBSDに実装したILNPv6で、なおかつパブリックなインターネット越しに通信をするデモを行うことに成功しました。ILNPv6はIPv6 Destination Option Extension Headerを利用するため、複数のネットワークを越える際にそれがどうなるかなど、いくつか懸念
がありましたが、このデモを通じてILNPv6のプロトコルとしての発展・実用化への道が少し見えた気がしました。
■Internet Research Task Force (IRTF)における動向
ここからは、いくつかのIRTFセッションとそこでの動向を軽く紹介したいと思います。IETF/IRTF会合のセッションの様子は録画されており、YouTubeにアップロードされているほか、簡易的な議事録やアジェンダも公開されているので、興味のある方はぜひご覧になってみてください。
▼IRTF Information Centric Networking Research Group (ICNRG)
ICNとはInformation Centric Networking の略で、他にも Content Centric Networking と呼ばれているほか、日本語では情報指向ネットワークと呼ばれたりしています。ICNRGではこの情報指向ネットワークの研究に関する議論が行われます。ICNRGは前回のIETF 117ではセッションがなく、IETF 116以来の会合でした。今回のセッションでは、まずチェアからドラフトに関するアップデートがありました。
まず、 Reflexive Forwarding ドラフトについて説明がありました。これはICNにおける単純なデータ取得にうまく当てはまらない通信を、よりよく行うためのプロトコル拡張です。Reflexive forwarding では、Consumerからのデータ転送に利用するreflexive interest packetなどを用います。また、他にもFile-Like ICN (FLIC) ドラフトについてのアップデートがありま
した。FLICはその名の通り、ファイルをICN上にてやり取りするプロトコルです。ファイルの分割、そして分割したセグメントの命名規則などの定義があります。質疑応答では、プロトコルの柔軟さがプロトコルを煩雑にしているといった指摘や、他の似たようなアプローチについてのやり取りがありました。
セッション後半ではICNプロトコルの一つ、NDNの開発研究をしているUCLAの研究チーム主導で構築されている、ワイドエリアNDNテストベッドのトラフィック解析についての発表がありました。四つのフォワーダにて320GiB、1億800万パケットの収集を、2023年第2四半期に行った結果についての発表でした。
IETF/IRTFでは、サイドミーティングの告知のような形の発表などもたびたびあります。今回は、 Collective Communication Optimizations (CCO) についての発表がありました。CCOはIETF 118ではサイドミーティングが週の後半に予定されていたため、ICNRGでも発表を行っていました。
CCOは分散AIなどでのデータの共有、そして分散処理などを行う上での問題に取り組むものです。分散AIモデルトレーニングにおいて必要なデータや処理があちこちに分散してしまう中処理結果や、元のデータをうまく必要なところにやり取りする仕組みを構築するための問題についての発表が主な内容でした。質疑応答では、問題点の指摘やRGとの関連性についてのやり取りがあ
りました。
最後に、中国電信によるDistributed Architecture for Microservices Communication (DAMC)の発表がありました。マイクロサービス間の通信アーキテクチャにおいて、ICNをうまく利用できないか?といった趣旨の発表でした。IPベースのIstio service mesh などのソリューションでは、柔軟性やスケーラビリティに欠けるとしてDAMCの開発をしているというもので、ICNを実
際に起用しようという動きの一つです。
▼IRTF Path Aware Networking Research Group (PANRG)
Path Aware Networking Research Group (PANRG) では経路を『認識』し、その経路の情報に応じた通信を行うプロトコルやアーキテクチャに関する研究の議論が行われています。過去にはホストマルチホーミング・マルチパス関連の発表などもあり、基本的には広義の経路を操作して通信する研究をするグループです。
PANRGでは、近年次世代ルーティングプロトコルSCION についての議論・発表が続いています。今回のセッションは、すべてのアジェンダがSCIONについての発表・議論でした。
SCIONは耐障害性を高め、経路の操作性を向上させることで、AS間でのルーティングを改善することを目標として開発・研究が進められています。今回のセッションでは、SCIONに関する解説やRFCについてのアップデートがあったほか、スイスの金融ネットワークSSFNがSCIONをデプロイした際の経緯・体験について発表がありました。
最後には、SCIONが今後IETF/IRTFでどのように活動を続けるのかについての議論がありました。デプロイメントが存在するということから、一部はIETFでの標準化、研究に関する部分の活動はIRTFに分かれるのではないか、という意見などもあり、研究・プロトコルが発展・成熟していくにあたって活動する形も変わっていく様子が見られました。