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.ORGのレジストリ、Public Interest Registryの売却案、承認されず

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最古参gTLDのひとつ、.org を運営するPublic Interest Registry (PIR)社が、現在の親会社Internet Society (ISOC)から投資会社Ethos Capitalに売却されるという動きが発表されたのは、2019年11月13日。本件に関してJPNIC Blogでご紹介したのは、2020年1月8日でした。
 

ICANN (Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)は、PIRとの間で .org TLDに関するレジストリ契約を交わしており、本件による、.org のレジストリ運営会社の統治体制変更を承認する立場にあります。ICANNは上述の発表直後にPIRから受け取った統治体制変更通知の精査を続けていましたが、ゴールデンウィーク中の2020年4月30日、理事会議長 Maarten botterman氏のブログ投稿という形で、この統治体制変更への同意を差し控えることを発表しました。

ICANN Board Withholds Consent for a Change of Control of the Public Interest Registry (PIR)

これを受けてPIRは、.orgコミュニティ宛てとする声明を2020年5月12日付で出し、ISOC、PIR、Ethos Capital間の同意を終結するとともに、ICANNに対しては、このICANN理事会の決定に対して、再検討要求を初めとする再考につながる行動を起こさないことを申し入れたことを明らかにしました。

Continued Stability for .ORG

本稿ではこれを含む当事者たちの発表を中心に、本件に関して説明していきます。

●ICANNの同意差し控えの要因

ICANNの2020年4月30日の発表は同日の理事会決議を受けてのもので、2019年11月からの検討の経緯とともに、この決定に至った要因として、以下の5点で示しています。
  1. 公益から営利への根本的な転換の中で、.orgコミュニティへの保護と奉仕を担保する有効な計画がないこと
  2. ほぼ20年間にわたり.orgレジストリを責任もって運営してきたミッションベースの非営利団体との契約から、まったく異なる形の法人との契約への移行であること
  3. 買収に発生する360百万米国ドルの負債を今後PIRの収益から返済していく必要があり、これは非営利法人からの根本的な財政状況の変化であるが、それが.orgドメイン名の登録者の保護と奉仕に大きな疑念を呈すること
  4. 登録者保護の観点から設置され、PIRに助言を提供するStewardship Councilに関して、妥当な独立性が確保できるか、新たな事業展開のためにこの企業体制変更がなぜ必要かに関して、不確実性があること
  5. 提案されている移行プランでは、.orgコミュニティと事業者の間の問題解決をICANNが補強しなければならない構造になっていること
2020年1月8日のブログ記事でもご説明した通り、ICANNは.orgレジストリ契約に基づき、レジストリ事業者PIRの統治体制変更を承認する立場にありますが、その判断の主たるポイントは、統治体制の変更によってレジストリ運営の安定性が損なわれないことの確認です。また、2002年の.orgのレジストリ事業者選考に際して選考基準に沿ってPIRから提示されたコミットメントを維持することも、要件の一端として検討されています。この中には、.org TLDの差別化、非営利インターネットユーザコミュニティ向けのプロモーション機構の包含が含まれています。上に挙げた要因のうち、3.の負債に対する疑念は事業者の財務的安定性に関するものですが、それ以外は、非営利コミュニティ、.orgドメイン名登録者の保護と奉仕という観点と言ってよいでしょう。
 
ISOC、PIR、Ethos Capitalは2019年12月から.orgドメイン名登録者を中心とした意見聴取を実施し、その中でコミュニティからの主要な懸念を、登録料設定、表現の自由へのコミットメント、登録者情報の利用の3点と結論付けました。これらに対応するために、新gTLDにおいては制度化されている Public Interest Commitment (PIC)を自主的に規定して、レジストリ契約に含めることとしました。PIC案はパブリックコメントにも掛けられ、ICANNに提出されました。4.に示されたStewardship Councilに関してもPICで規定されています。実はこのStewardship Councilと類似のAdvisory Councilという仕組みがPIRには存在し、コミュニティ諮問機構として機能しています。今回のStewardship CouncilがPICで規定される場合、PICに対する違反を是正するのはICANNのコンプライアンス機構あるいはPICDRP (PIC履行に関する異議申し立てに関する独立紛争処理手順)となり、いずれにしてもICANNのプロセスが介在する結果となることが、5.が示す意味となります。

●カリフォルニア州司法長官からの照会

ICANNの公開書簡ページにも掲示されているように、米国カリフォルニア州の司法長官はICANNに対して、本件に関する書簡を送っており、理事会決議のrationale部においてもその概要が示されています。最初の書簡は2020年1月23日に発せられた召喚令状(Subpoena)です。これは、同州のすべての非営利団体の運営を監督する法的立場にある司法長官が、ICANNも含まれる非営利コミュニティに対する、本件のインパクトを分析するため、と位置付け、ICANNはこの令状に基づく情報照会に応じました。
2020年4月15日付けの書簡は、統治体制変更の拒絶を促す内容でした。この統治変更はPIRによる.org TLDの運営の安定性に大きなリスクとなるとし、ICANNの基本定款、付属定款、それらで定義される使命などを理解した上でとしながら、PIRの統治体制変更をICANNが拒絶するほうが、同州の公益により良く資すると結論付けています。

●ICANN理事会の決議

ICANNはこの同意差し控えに関して、理事会議長Botterman名のブログという形でアナウンスしましたが、理事会の決定に関しては理事会決議がすでに公開されています。理事会決議のほうには、決議の経緯や背景に関しても詳細が示されており、本件に関する詳細にご関心のある方は、ご一読をお勧めします。
 
 
ICANN理事会における検討状況に関しては、理事会決議のWhereas節(決議前提を示す部分)、Rationale(決議の背景や理由を示す部分)や議事録(現在暫定版)から伺うことができます。事務局での本件の吟味は、年末年始を挟んで4か月以上、3回の情報照会、5回の期限延長におよび、理事会は本件の検討に30回ほどのブリーフィングを行ったとされています。暫定議事録からは、検討された決議案が複数あること、決議にあたって棄権と反対があったことなどが読み取れ、難しい判断であったことが分かります。米国カリフォルニア州司法長官の見解に関しては、同意差し控えを支持する材料としながら、総合的に諸状況を勘案した上での判断だったと、理事会決議では示されています。また、PIRが登記されているペンシルバニア州の司法長官による企業形態変更の承認如何や、ICANN理事会からの疑義に応える新たな情報など、新たな要素とともに、統治体制変更手続きを再申請することは可能としています。

●ISOC、PIRからの反応

この決定がアナウンスされた2020年4月30日の翌日、5月1日にはISOCのCEO Andrew Sullivan氏名で出されたアナウンスメントは、ICANNの決定に疑義を呈しつつ、明確な決定が下されたこと、コミュニティメンバー全員にとって辛かった不明瞭な時期が終わりを告げたことを歓迎するものでした。

Our Work to Make the Internet for Everyone Marches On

また、PIRのCEO Jon Nevett氏は2020年5月12日に声明を出し、ISOC、PIR、Ethos Capital間の同意を終結するとともに、ICANNに対しては、このICANN理事会の決定に対して、再検討要求を初めとする再考につながる行動を起こさないことを申し入れたことを明らかにしました。

 
 

●おわりに

2020年1月8日のJPNIC Blogの記事でもふれたように、この売却案にはそれによって解決しようとしていたISOCおよびPIRの課題(PIRにおける経営の自由度確保、ISOCにおける収入源分散による経営安定)があったわけですが、それが未解決のまま残った形となっています。2020年5月1日のSullivan氏のアナウンスメントからも、Ethos Capitalの提案はこれらの課題の解決を期待させるに十分なものであったことが伺えます。一方で、売却案発表以降のコミュニティからの大きな反応は、.org が非営利コミュニティにとって特別なものであるものを雄弁に語り、米国カリフォルニア州司法長官の分析にも同様の懸念が数多く見受けられるほど、売却に関するコミュニティからの懸念が堅固なものだったと考えられます。