「デジタル協力」関連の最新動向
dom_gov_team インターネットガバナンス2019年6月10日に国連事務総長の「デジタル協力に関するハイレベルパネル(HLPDC)」による、デジタル協力に関する報告書[1]が発行されてから1年が経ちました。本稿では、2月に発行したブログ記事『国連「デジタル協力に関するハイレベルパネル報告書」を受けた動き』以降の状況をご報告します。
デジタル協力とは何か、ということについては2月のブログ記事で触れていますが、以下再掲します:
デジタル協力(Digital Cooperation)とは、社会への恩恵を最大化し危害を最小化するために、デジタル技術の社会的、倫理的、法的、および経済的な影響について取り組むために協同作業を行う方法を意味するとされています[2]。
その後の動きは、次の3つとなりますが、最も顕著なものは2番目の「デジタル協力へのロードマップ」です。
1. 円卓会議
2月号ブログで触れた、ハイレベルパネル事後調査円卓会議(High-level Panel Follow-up Roundtable)[3]ですが、3月以降の検討会はオンライン開催となり[4]作業が継続されました。円卓会議の追加成果物は、文書中に円卓会議参加組織一覧が記載されているため、次項に挙げる「デジタル協力へのロードマップ」だと思われます。
2. ロードマップ
国連事務総長による「デジタル協力へのロードマップ」[5]は、2020年3月31日時点の記載によると同年5月に発行予定となっていましたが、6月11日に公開されました。主な内容は、2020年は国連創設75周年であり、今後10年にわたり持続的開発目標(SDG)に関する行動を開始する年でもあります。ロードマップの中心となるのは、次の2点です。
- デジタル協力はマルチステークホルダーによる取り組みであり、各国政府が中心となる一方、民間セクター、技術関連企業、市民社会の関与は必須
- 新興技術に関する、マルチステークホルダーによる政策対話のためのプラットホームを国連自身が提供する用意ができている
ロードマップは、HLPDC報告書の各勧告について現状の問題点を検討し、次いで今後に向けて必要な対策を列挙しています。以下では後者について取り上げます。
2.1.招集者およびプラットホームとしての国連
国際連合は、新興技術に関するマルチステークホルダーによる政策対話のプラットホームとしての役割を果たす用意がある。対話を促進するため、国連事務総長は2021年に技術担当特使を任命する予定である。特使の役割は、国際連合の上級指導者に技術の主要動向を助言し、このような問題に関する国連の戦略的アプローチを導くことにある。
2.2. グローバルな(ネットへの)接続性
2030年までにすべての人が安全で手ごろなインターネットへのアクセスを入手できるようにするため、国連は次に列挙する内容を実施する。
- オンライン空間へのアクセスを必要とする個人への接続性のベースライン確立活動の支援
- 投資家と資金調達の専門家からなるグローバルなグループを招集し、資金調達プラットホームの開発を検討
- ITUのGIGAイニシアティブ[6]や国連児童基金など、接続性を加速させるための新しい変革モデルを推進
- 小規模インターネットプロバイダーのための規制環境の整備を促進し、接続性の必要性に関する地域的な評価を実施
- 緊急時の準備、対応、支援の一環としての接続性に関する議論を加速
2.3. デジタル公共財
国連加盟国、国連システム、民間セクターおよび他ステークホルダーは、オープンソースソフトウェア、オープンデータ、オープンな人工知能モデル、オープンな標準、およびオープンなコンテンツについて、プライバシー他の国際及び国内法、標準、ベストプラクティスの遵守を促進する。
また、これらのステークホルダーは、COVID-19パンデミックへの緊急対応として、およびSDGを達成するための道筋として、デジタル公共財を配備するグローバルなイニシアティブを拡張することができる。これらの動きを加速するため、デジタル公共財連合の設立を歓迎する。
2.4. デジタルインクルージョン(包摂)
デジタルに関する機会から完全には便益を得られていない人々の声が聞き届けられるよう、マルチステークホルダーによるデジタルインクルージョン連合を設立し、進捗状況を計るため毎年スコアカードを作成する。そのために必要な詳細データ収集などへの寄付を募る。
2.5. デジタル能力開発
既存の国連開発計画(UNDP)と国際電気通信連合(ITU)が着手している能力開発に関する取り組みとの対応付けを構築することで、国連内の組織が広範囲なマルチステークホルダーネットワークを設立するよう努力する。
このネットワークは指導、助言や潜在的な資金提供者への、デジタルへの対応力とニーズの評価、デジタル戦略の支援、デジタルリテラシーとスキルの訓練に関する要請について支援するための情報センター機能も提供することができると思われる。
国レベルでは、インターネット接続性の向上および成長するデジタル経済のような分野における、能力開発支援の強化を遂行するといった構想を追求する。
2.6. デジタルにおける人権
デジタル相互依存の時代における人権、人間の尊厳、人間の主体性の保護と推進に関する課題と機会に対処するため、国連人権高等弁務官事務所が新技術の利用における、人権に関する精査と影響評価についてのシステム全体に亘る手引きを構築する。
事務総長はまた、加盟国に対し、デジタル技術の開発及び利用において、人権を規制枠組みおよび立法の中心に据えるよう、さらに技術関係の指導者たちに対し、早急にプライバシーやその他のデジタル空間における人権保護について公に認識し、そのために必要な行動を各民間企業がとるようそれぞれ求める。
2.7. 人工知能
人工知能に関するインクルージョン、協調および加盟国向けの能力開発を中心とした課題に取り組むため、人工知能に関するマルチステークホルダー諮問機関を設立する予定である。諮問機関は加盟国、関連する国連機関、関心のある企業、学術機関および市民社会のグループから構成される。
諮問機関は、ベストプラクティスの共有促進、また既存のマンデートや制度を考慮に入れながら人工知能の標準化およびコンプライアンスへの取り組みに関する見方を意見交換することなど、多様なフォーラムとしても機能し得ると思われる。
2.8. デジタルでの信頼およびセキュリティ
デジタルでの信頼とセキュリティに関する理解の共通要素についての、全加盟国によって支持された広範囲で包括的な声明が、グローバルな価値観に基づいたデジタル連携に関する共通のビジョンを形成するのに役立つ可能性があり、事務局は内容について、加盟国との調査を継続する。このような声明は、次の理由から有益である可能性がある。
- デジタルでの信頼、およびセキュリティに関する原理の間の強いつながり、および2030アジェンダ[7]を実現する能力については、最高レベルで認識されなければならない。
- デジタル技術は、デジタルデバイドを狭める、安全で信頼できる方法での導入が必要。普遍的な文書を介しての促進は、すべての国、特に発展途上国によって確実に関与できるようになる。
- この声明は、「国際安全保障の文脈での、情報通信分野での進展に関する国連オープンエンド作業部会(UN OEWG)」と「国連政府専門家会合(UN GGE)」においてなされた、重要な技術的な作業部分と重複しない分野において、加盟国の中でデジタル信頼とセキュリティの問題についてのグローバルな側面とエンゲージメントのレベルを原則的な方法で高めるだろう。
加盟国による採択に続き、この声明はまた、民間企業や市民社会などのステークホルダーによる支持にも開放される可能性がある。
2.9. グローバルなデジタル協力
パネルが提案したさまざまなデジタルアーキテクチャモデルに関する議論がステークホルダー間で進行中であるが、インターネットガバナンスフォーラム(IGF、以下「フォーラム」とする)を現在のデジタルに関する課題への対応力と関連性を高めるために、以下のような着想が浮上してきた。
- 既存のマルチステークホルダー諮問グループ(MAG)の経験を基に、戦略的で権限を与えられたマルチステークホルダーによるハイレベル機関を創設し、緊急の問題に対処し、フォーラムの議論に関する事後行動を調整し、フォーラムから提案された政策アプローチと提言を適切な規範的・意思決定を行う場に中継する。
- フォーラム向けに、限られた数の戦略的な政策課題に基づいた、より焦点を絞ったアジェンダを持つこと
- より実行可能な成果を確保するために、ハイレベルなセグメントおよび閣僚または国会議員向けトラックを設定
- グローバル・フォーラムと地域、サブ地域、国別の各フォーラムおよび若者のイニシアティブ間での連携強化
- 本報告書で概説されている分野の他の優先順位を支援するための、より統合されたプログラムとセッション間のポリシー策定作業
- 円卓会議で推進されたように、革新的で発展し得る資金調達戦略を通じて、参加者を増やすための、フォーラムと必要なリソースの長期的な持続可能性
- 強化された組織のアイデンティティ、および他の国連機関に提供するための改善された報告を通じてフォーラムの知名度を高めること。
デジタルアーキテクチャモデルに関する協議は今後数ヶ月継続するので、事務総長はフォーラムをより充実させるためのこれらの施策を支援し、必要に応じて実施手段を提供するつもりである。
デジタル技術の前代未聞の機会、その力、見込みおよび危険性を過小評価することはできない。共に進むことにより、技術が善のために利用され、その影響を管理し、すべての人に平等な競争の場を提供する機会を求めることを国際的なコミュニティが許容する。
将来の世代は、現在の世代がデジタル相互依存の時代によって提示された機会を掴んだかどうかを判断するだろうから、今行動すべきである。
3. デジタル協力アーキテクチャーの事後検証(勧告5A/B)
デジタル協力に関する報告書の勧告5A、5B(グローバルなデジタル協力)に、IGFの発展形について提案されていましたが、これに対する事後検証が報告書の国連文書版[8]に記載されています。概要は次の通りです。
- HLPDCは次の3つのモデルを提案し、これらに関する関係者間での議論は継続中。この中では、IGF Plusを支持する機運が高まっている。
- 強化されたインターネットガバナンスフォーラム・プラス(IGF Plus)
- 分散型共同ガバナンス・アーキテクチャー(COGOV)
- デジタル・コモンズ・アーキテクチャー
- 既存のデジタル協力アーキテクチャーは必ずしも効果的とは言えず、途上国、中小企業、疎外されたグループなどの、予算や専門知識が限られているステークホルダーが声を上げることが困難であり、改善の余地あり
- 国連加盟国は、国レベルまたは地域レベルでCOGOVを試験的に実施するために、マルチステークホルダー・タスクフォースと協働することを検討中
4. 今後の予定
事後作業タイムライン[9]によれば、2020年7月から9月にかけて、国連総会[10]向けの準備を行い、場合によっては国連75周年に関する宣言に本件に関する何らかの内容を盛り込むかもしれないということです。その後、円卓会議については関心と必要性に応じて作業を継続するかどうかを決める予定となっています。
デジタル協力報告書の勧告5A/Bについては、ロードマップ検討を主に担当した国連事務総長への特別顧問室、ドイツ政府、アラブ首長国連邦政府が「オプションペーパー」を2020年7月中旬~後半に国連事務総長宛に提出する予定となっています[11]。「オプションペーパー」を元にした内容が2020年の国連総会での決議または宣言に盛り込まれる可能性もあります。
5. 考察
ロードマップは非常に広範囲にわたる内容をカバーしており、どれだけ今後実現に移せるか、という点が課題になると思われます。具体的には国連内でかかる費用、各国政府での労力、民間の費用寄付ならびに内容を検討する労力などを各ステークホルダーが割いていくことができるか、ということと、IGFを進化させるはずの、オプションペーパーの内容がどれくらい充実しており、かつIGFの開催についての権限が次回更新される2025年までに勧告5A/Bに基づく新しいIGFの機構が実現可能であるか、という点に関心が寄せられるのではないかと思います。
注
[1] “The Age of Digital Interdependence” Report of the High-level Panel on Digital Cooperation
[2] Update on Digital Cooperation Recommendations Follow-Up Process
[3] Secretary-General’s High-level Panel on Digital Cooperation
[4] Special Update: Digital Cooperation in the time of COVID-19
[5] Secretary-General’s Roadmap for Digital Cooperation
[6] ITUとUNICEF(国際連合児童基金)が共同で2030年までにすべての学校をインターネットに接続するという試み。 https://www.itu.int/en/ITU-D/Initiatives/GIGA/Pages/default.aspx
[8] Road map for digital cooperation: implementation of the recommendations of the High-level Panel on Digital Cooperation — Report of the Secretary-General
[9] Secretary-General’s High-level Panel on Digital Cooperation
[10] 毎年9月の第3火曜日から通常会期が開始します。 https://www.unic.or.jp/info/un/un_organization/ga/session/