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ウクライナ侵攻とインターネット

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2022年2月下旬に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、2週間以上が経った今も収まらず、事態が憂慮されます。日本はウクライナを支持しロシアを非難する立場から、支援や制裁を打ち出しており、多くの西側諸国でも同様です。そんな中インターネット基盤に関してどのような動きがあるか、本稿にまとめてみました。

ウクライナ副首相がICANNに対してロシアのccTLDの無効化などを依頼

ウクライナの第一副首相兼デジタルトランスフォーメーション大臣ミハイロ・フェドロフ氏からICANNに宛てられた2022年2月28日の書簡において、

  1. ロシアのccTLD (.ru , .su , .РФ)の無効化
  2. これらのccTLDに対するSSL証明書の無効化推進
  3. ロシア連邦に設置された2つのルートDNSサーバの無効化 

の3点がICANNに要請されました。この書簡はICANN事務総長ヨーラン・マービー氏に宛てられていましたが、加えて広く関係者に写しが送られたため、各種メディアでも報道されるに至りました。この書簡に対しては、同3月2日にマービー氏から返信がなされました。

原文から、主な内容を抜き出し、和訳します。

  • ICANNはインターネットの一意な識別子を管理する独立した技術組織であり、単一でグローバルな相互運用可能なインターネットの識別子に関する安全性・安定性・堅牢性を推進する団体である。
    ・このインターネットに関する技術調整は、政治利用されるべきではなく、また、正常機能を担保するためであり、機能を止めるためではない。
  • インターネットは分散システムで、誰か一人が止められるようになっていない。IANAの機能に関するポリシーもマルチステークホルダーコミュニティによって策定され、一方的な意思決定の影響を受けにくい構造はグローバルな公益に寄与している。
  • ccTLDに関するICANN/IANAの機能は、各国の適格な運用者からの要求を精査して実施することがそのほとんどであり、グローバルに合意されたポリシーにおいては一方的な要求によってドメイン名を切断することは不可能である。
  • ルートDNSサーバの運用、SSL証明書の発行はICANN以外の団体によって行われており、ICANNは権能を持たない。

この書簡は結果的にフェドロフ氏からの要請にまったく応えないものとなりましたが、この要請の理由として氏が挙げた「プロパガンダや偽情報を防ぎ、市民が正しい情報を得ることを助ける」ことは、妨害のないインターネットへのアクセスによって逆に実現できるとした上で、ウクライナ人を支援する姿勢を示して締めくくられています。

RIPE NCC:理事会の重要業務提供に関する決議とウクライナ副首相への返答

ウクライナをサービス提供地域に持つ欧州のインターネットレジストリ、RIPE NCCは、2022年2月28日の理事会決議として、以下を要点とする発表をしています。

  • 通信手段が国内の政治的紛争や国際紛争・戦争などで影響を受けるべきではなく、正しく登録されたインターネット番号資源の提供もこの一部である。
  • 理事会は、グローバルインターネットコミュニティおよびサービス提供地域の全会員に対してNCCがサービスを中断なく提供するために、合法的なすべての手段を講じる準備がある。
  • インターネットサービスの提供者すべてを平等に扱い、NCCが提供する情報やデータが政治的影響や偏向がなく権威として信頼されることが、NCCが30年の間運営を続けることができた根本的な理由である。

また2022年3月10日には、ウクライナ副首相がRIPE NCCに宛てたICANN宛てと同様の要請に対する、返信書簡を公開しました。RIPE NCCへの要請には、「RIPE NCCのロシアからの全会員に対する、IPv4およびIPv6アドレス利用権の取り消し」が含まれていました。返信の要点は以下です。

  • RIPE NCCはコミュニティが策定したポリシーとオランダ法に拠り統制されており、一方的な取り消しなどを実施することはできない。さらに、インターネット番号資源は政治的成果の実現のために使われるべきではなく、そのようなアクションはロシアだけでなく全世界のインターネットに対して深刻な影響をもたらす。
  • そのような取り消しは即時的な効果が薄い上に、安定したインターネット運営に必要なグローバルな調整に予測できない影響をもたらし得る。
  • 要請には応えられないが、ウクライナ国内の会員に対する支援を申し出たい。

インターネットソサエティCEOの声明

インターネットソサエティ(ISOC)は2022年3月2日付、CEOのアンドリュー・サリバン氏の名前で「なぜ世界はインターネットを傷つける動きに抵抗しなければならないか」という声明を発表しました。以下のような内容のものです。

  • 大きな政争が起こるたびに「彼らをインターネットから締め出すべきだ」という主張が聞かれるが、そのような主張にISOCは反対する。
  • 今回の紛争では、ロシアのコンテンツの封鎖を求める声、ロシアのネットワークの経路広告を止めようとする主張、さらに物理的回線を切断しようとする主張が見られた。これらは国境を意識するように作られていないというインターネットの根底を理解していないし、ある国を切り離すという考えは、自分の国を切り離すという考えと同じように間違っている。
  • インターネットは接続条件が悪い時にも驚くほど復元性が高く、現在のネットワークサービスは世界中のさまざまなところとの通信を前提として成り立っている。ロシアでは自国だけインターネットから切断する試みを行っているし、別の国では社会統制のためとしてインターネット遮断を行っているが、これらは「ローカルインターネット」ではなく単純なインターネットの全面的拒否である。経済発展を阻害し、市民の利益を奪っている。インターネットの切断で偽情報は防ぐことができるが、同時に真実も届かなくなる。
  • 政治的な判断で相互接続先を取捨するような制御を大事業者が始めると、必ず他国政府がそれに気づき、そのような制御がエスカレートする。早晩にネットワークのネットワークとしてのインターネットは崩壊する。
  • 現在たくさんの人々が紛争下で生活しているが、インターネットは世界の動向を知り、彼らの苦難を世界に伝える役目を担う。政府の意思だけに従うならば、我々はインターネットがもたらす機会すべてを失いかねない。誰もがアクセスを持つべきだ。

ICANNによる継続的なインターネットアクセスのための緊急財政支援

ICANNは、上のウクライナ副首相への返答から間もない2022年3月6日、理事会が「継続的なインターネットアクセスのための緊急財政支援」として、初期額として100万米国ドルを確保することを決議したことを発表しました。

これはアクセス事業者などに対してアクセス提供のための資金を支援することで、ICANNのミッションであるDNSの安定性・安全性・回復性を維持する効果を企図するものとしています。

 

おわりに

ここまで、DNSやIPアドレスといったインターネットの本質的要素の提供に関して、紛争に対して中立を保つという点と、紛争下にあっても、あらゆる国々の市民に対して分断なくインターネットアクセスを提供することの重要性という2点が、インターネット技術調整団体から示されていると言えます。また、それがどのような仕組みや理由、定めによって確立しているかが、各団体からの文書に現れています。抄訳ではお伝えできていないこともありますので、原文をお読みいただくことをお奨めします。

その一方で、残念ながら紛争の影響を受けてしまっているケースも見られます。欧州のccTLD地域組織であるCENTRは、2022年3月1日、ロシアのccTLDレジストリである.RU Centerの会員資格を一時中止することを決定しました。また、英国のccTLDレジストリ Nominetは、ウクライナへの人道支援を実施するとともに、ロシア国内のレジストラからの登録を一時中止しています。

インターネットの運営調整に関わるJPNICとしては、インターネットが紛争による苦難に際して人々に手を差し伸べるものであることを願うとともに、紛争の一日も早い解決を望むばかりです。

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