IETFアップデート – 第117回IETF [第2弾] 参加報告 ~リアルIETF初参戦から得た気づき~
tech_team IETF インターネットの技術 他組織のイベント第117回IETF会合の全体概要については、第1弾でお届けしました。
IETFアップデート – 第117回IETF [第1弾] 全体概要
第2弾では、リアル開催のIETFに初参加したJPNICスタッフの振り返りをお届けします。
本稿では、今回私が参加したIETF 117について、会期中の1週間で考えたことや印象に残ったWGから感じ取ったことについて簡単に触れます。IETF自体には以前に一度参加した経験があるものの、その時には新型コロナウイルス感染症の影響で完全オンライン開催だったので、会合の雰囲気をあまり感じることのないまま終わってしまいました。加えて、インターネット運用の業界に入ったばかりで今以上に勝手がわからなかったこともあり、今回の現地参加が初参加のような心持ちで臨むことになりました。
今回の開催地であるサンフランシスコは、私が物心つく前に母に旅行で連れられて行った地でもあり、当時買ってもらったケーブルカー(MUNICIPAL RAILWAY)のおもちゃの本物が見られることが、IETF参加とは別のひそかな楽しみでした。
IETF117 – 現地での1週間
今回のIETFでは、会場となるホテルの客室がそのまま参加者の宿泊用に提供されており、大きなホテル内で1週間の生活のほとんどが完結していました。このため、ハッカソンや興味のあるWGに立ち寄るように参加して、それが済んだら部屋や共用スペースに戻って休憩したり通常業務をしたりする人が多く、忙しく駆け回ることなくゆっくり過ごすことができました。ホテル自体もUnion Squareという中心部に位置しており、買い物や食事に行くにもなにかと便利な立地でした。
また、会場では新型コロナウイルス感染症に関する配慮も継続していました。受付周辺にはマスクや抗原検査キットのほか、参加者がソーシャルディスタンスに関する考え方を表明できるバッジ(ハグに応じる、あるいは距離を保ってほしいなど)も無料配布されていました。私も会期中に乾燥で喉をいためて咳が出るようになってしまい、念のためにホテルの自室で検査するのに役立ちました。
一点気になったのは、会場のホテルが比較的治安の良いエリアのきわに位置しており、すぐとなりが昔からサンフランシスコ内で犯罪発生件数の高いTenderloin地区だったことです。一歩地区を外れると、薬物を手にした人・流血したまま歩き回る人・大勢のホームレスが目立ち、まるで別の街に来たかのような感覚になりました。そのすぐとなりの巨大なホテルでIETFが開催されている対比を見るたび、ここには普段私が過ごす日本での生活ではほぼ感じることのない経済格差があることが思い出されました。
WGでの議論における文化
私はIETFには初の現地参加ということで、議論の内容だけでなく、議論の運び方や会場の雰囲気について気になる場面が多くありました。特に印象に残っているのは、木曜日のOperational Security Capabilities for IP Network Infrastructureの最後にあったOn Network Path Validationという発表です。
下記が主な参考資料です。
・発表資料 On Path Validation and a Possible Solution(*1)
・ドラフト On Network Path Validation draft-liu-on-network-path-validation-00(*2)※p.14-21参照
・アーカイブ動画 IETF117-OPSEC-20230727-2230(*3)※再生時間30:49時点から開始
こちらの発表は、インターネットのBGPルーティングにおいてしばしば話題になるPath validationに関して、宛先までパケット送出側が意図したルータのみを経由することを保証する仕組みを提案する内容でした。この仕組みについて、提案者では(1)パケットがファイアウォールやIDSなどのセキュリティ機器を通過したことを保証する(2)秘匿性を高めたいVoIPなど通信するアプリケーション次第で、プロバイダ契約でのSLAを確実に満たすルータのみをパケットに辿らせる、などのユースケースを想定していたようですが、会場からの反応は厳しいものでした。その主な理由は、この提案が「始点と終点だけを指定して通信し、その途中の経路は送信者が操作できない」ことや、通信プロトコルを階層化するというインターネットの原則に反している、ということでした。
RPKIを使ったパス検証でも通信のパスを検証することができますが、こちらは経由するASの順列を意図したものに限定することを目的とした技術で、当然それぞれのAS内部でのルーティングについて干渉する内容ではありません。それに対してこの提案では、経由するルータ単位で順列を限定しようとしており、これは現在のインターネットルーティングの思想に反するため、技術的には実現可能だとしても受け入れられるものではない、との意見が多数挙がりました。
この例から、IETFはオープンで誰でも提案できる場であるとはいえ、参加者間にはインターネットが満たすべき大原則について共通理解が強く形成されていること、それに反する提案に対してはしっかりと歯止めをかける文化があること、を私は感じ取りました。
イベントのハイブリッド開催で重視すべきこと
最後に、昨今の新型コロナウイルス感染症に端を発する会議やイベントのオンライン・オフラインのハイブリッド化について、このIETF 117に参加したことをきっかけに考えたことを書きます。それは、映像と音声でのオンラインコンテンツを提供する際に、ある程度リソースに制限があるならば、ストリーミング(生中継)よりも動画アーカイブのほうが優先されるべきではないかということです。ただし、本稿にはストリーミングの提供そのものを否定する目的はなく、内容は個人の見解です。
今回のIETF117で、ストリーミングには提供側と参加者側でそれぞれ、大きく一つずつ問題点があると私は感じました。
まず提供側の視点で考えた時、ストリーミングの提供にはそれだけ人的リソースが求められます。これには、事前の配信体制の設計・機材の設置・テスト配信だけでなく、本番中のトラブル対処への人員も含まれます。あるいは自前で配信せず外注して専門業者に任せる場合でも、代わりに金銭コストが発生します。
次に参加者側の視点で考えた時、ストリーミングはリアルタイムであるだけに、聞き取れない・理解が追いつかないという状況が起こりやすい傾向にあります。特に、使われる言語を母語としない・得意としない参加者が多いイベントや初心者の継続的な参入が望ましいイベントでは、この問題は比較的顕著ではないでしょうか。ただしこの問題については、現地参加でも無関係ではありませんが、現地にいればその場の雰囲気で察したり周囲の人に聞いてみたりすることで、ある程度解決できます。
一方、オンラインコンテンツを事後公開される動画アーカイブのみに絞った場合について考えてみます。
提供側は、内容とは無関係のストリーミングのトラブル解消に費やすタイムロスが減るため、イベント内容の充実化に注力できます。またこれには、活発な議論を中断したり、発表者に与えられた持ち時間を奪ったりすることなく進行しやすくなるだけでなく、金銭コストや事前・事後の作業コストを抑える意味もあります。
参加者の視点では、リアルタイムに遠隔地から参加することはできなくなるという欠点はあります。しかし動画で後から視聴する時には、何度もリピート再生ができるだけでなく、発表者や運営が事後公開する資料とあわせて活用することで、自分のペースで理解を補えるという利点があります。特に発表者や関係する議論に長く関わっている参加者を除いた、主として情報収集のため(つまりReadonly memberとして)参加している方には、リピートして発表と議論を聞き直せるアーカイブ動画のほうが恩恵は大きいといえます(私の場合はイベント終了後に限らず、会期中であっても時間帯が重複していて参加できなかったWGを空いた時間で追う、という活用もしていました)。
IETFは大規模な会合であり、資金や人的リソースは豊富に確保できることが期待できる状態なので、ストリーミングとアーカイブ動画の両方が高品質で提供できていました。しかしそうしたリソースの制限が強いイベントの場合には、上に述べたような事情を考慮すると、まず動画アーカイブ(と付随する資料等)の提供を優先して内容の充実化に立ち返るのが重要ではないかと考えました。