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グローバル・デジタル・コンパクトの草案を読み解く

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2024年2月にお届けしたブログ記事「未来サミットに向けた動き」に記した、グローバル・デジタル・コンパクト(GDC)のゼロドラフト[1]が2024年4月第1週に公開されました。本稿ではその内容と、それに対する反応を紐解きたいと思います。

GDCのゼロドラフトは、4月1日付の国連総会議長から国連加盟国宛のレター、および共同ファシリテーターから国連加盟国宛のレターと同時に公開されたと思われます。

1. GDCゼロドラフトの内容

ゼロドラフトは13ページからなり、内容は全部説明すると膨大な分量となるので、目標と原則は箇条書きに留め、コミットメント部分は主要部分以外は簡単な要約を記載します。

頭書き(段落1-5)

目標(段落6)

  • デジタルデバイドを解消し、持続可能な開発目標(SDGs)の進捗を加速
  • デジタル経済における包摂(インクルージョン)の機会を拡大
  • 包括的でオープン、安全かつセキュアなデジタル空間を育成
  • 公平な国際データガバナンスを推進
  • 人工知能を含む新たなテクノロジーを人類のために統治

原則(段落7)

  1. 包摂的(inclusive)
  2. 開発重視
  3. 人権に基づく
  4. 男女平等
  5. 環境的に持続可能
  6. アクセス性と相互運用性
  7. 責任と説明責任
  8. イノベーションフレンドリー
  9. マルチステークホルダー
  10. 未来志向

コミットメントと行動(段落8-51)

目標 1. デジタルデバイドを解消し、持続可能な開発目標の進捗を加速(段落9-15)

クラスター1. 接続性(コネクティビティ)(段落9-10)

デジタル技術と新興技術の可能性を最大限に引き出すために、信頼性の高い接続性とアクセスの普遍化が重要であると述べられています。2030年までに、我々が普遍的で意義のある接続性を実現するために、共通の目標や指標を設定し、地域や国の開発戦略に統合することを約束する、としています。また、革新的な資金調達メカニズムの開発や、農村部や遠隔地域への信頼できるデジタルインフラの展開など、具体的な取り組みも提案されています。

クラスター2. デジタルリテラシー、スキル、能力(段落11-12)

2030年までにデジタルリテラシー、スキル、能力を向上させるための約束を述べています。具体的には、国家デジタル・スキル戦略の確立、障害者を含むすべての人が利用しやすいデジタル技術の提供、特定の人々のニーズに応じた能力開発の実施などが含まれています。また、ジェンダーを含む細分化された調査やサイバーセキュリティの能力開発なども取り上げられています。

クラスター3. デジタル公共財とインフラ(段落13-15)

安全で包括的で相互運用可能なデジタル公共インフラの重要性が強調されています。オープンソースのソフトウェアや標準は、社会や個人がデジタル技術を利用する力を提供し、デジタル公共財はインクルーシブなデジタルトランスフォーメーションを推進する要素として位置づけられています。2030年までに、安全でセキュアなオープンソースのソフトウェアや標準の開発と普及を通じて、社会全体に利益をもたらすことをコミットする、としています。

目標2. デジタル経済における包摂の拡大

クラスター1. デジタル技術へのアクセス(段落16-19)

デジタル技術への公平で安価なアクセスが重要であり、それはデジタル経済の潜在力を引き出す。デジタルアクセスは知識や能力の獲得、技術移転の機会を提供する。デジタルインクルージョンを広げるために、イノベーションを支援し、デジタルスキルを育成する政策が必要であり、国際的な技術移転を促進することも重要である。2030年までに、デジタルトランスフォーメーションを可能にする環境を整備し、技術支援を提供する取り組みや、デジタルスキルの普及を目指す施策にコミットする、としています。

目標3. 包括的でオープン、安全かつセキュアなデジタル空間の育成

クラスター1. 人権(段落20-23)

デジタル技術の利用において、人権を尊重し保護することが重要であると認識され、国際人権法を適用することにコミットする、としています。特に子どもや若者をオンラインで保護する法的枠組みの強化が提案され、デジタル企業や開発者には人権に特化したデュー・ディリジェンスを適用するよう求められています。また、国連デジタル人権勧告サービスの設立が提案され、デジタル企業や開発者には国連の人権原則に従うことが要求されています。

クラスター2. インターネットガバナンス(段落24-26)

本項は重要と考えるため、次の通り全文の翻訳を引用します。

  1. 我々は、インターネットが包括的かつ公平なデジタルトランスフォーメーションのための重要なグローバルリソースであることを認識する。 すべての人がアクセス可能で相互運用可能であるためには、安定的で断片化されていない必要がある。
  2. 我々は、ガバナンス、コンテンツおよび技術の各層において、普遍的で自由かつ安全なインターネットを維持するためのインターネット・ガバナンス・フォーラムおよびマルチステークホルダーによる協力の役割を認識し、これを支持することを約束する。
  3. 我々は、以下を約束する:
    1. 普遍的で自由かつ安全なインターネットを促進し、万人にとって安全でセキュアで利用可能なオンライン環境を構築・維持するための具体的な措置を講じる(SDGs 9)
    2. インターネットに関連する公共政策課題について議論するための耐久性のあるボトムアップのマルチステークホルダー・プラットフォームとして、インターネット・ガバナンス・フォーラム(IGF)を支援する(SDGs 9 & 10)
    3. IGFへの多様な参加、特に政府と民間セクターによる参加を増やす努力を継続する(SDGs 10)
    4. インターネットの閉鎖を控え、いかなる制限も合法性、必要性、比例性、非差別の原則を含む国際法を完全に遵守することを確保する(SDGs 16)

クラスター3. デジタルの信頼と安全(段落27-29)

本項では、テクノロジーによって促進される暴力や差別を排除し、プライバシーと表現の自由を保護する重要性が強調されています。2030年までに、安全なオンライン空間を確保するための共通基準やガイドラインの制定、子どもの安全に関する政策の策定、技術の利用に関する法律や規制の整合性の確認など、具体的な取り組みを約束するとなっています。さらに、デジタル技術企業や開発者には、多様なユーザーのニーズを考慮し、責任を明確にするための枠組みを共同開発するよう求められています。また、ソーシャルメディア・プラットフォームには、子どもや若者向けの安全トレーニング教材の提供や、利用者のための報告メカニズムの確立が要求されています。

クラスター4. 5. 情報の完全性(段落30-32)

本項では、信頼性の高い情報へのアクセスがデジタル空間の安全性と民主的プロセスの完全性に不可欠であると認識されており、2030年までに、デジタルトレーニングカリキュラムの展開や公共サービスメディアの強化など、具体的な取り組みを我々は約束するとなっています。さらに、ソーシャルメディア・プラットフォームに対し、利用者が十分な情報に基づいた選択ができるよう、システムの透明性と説明責任を強化するよう求めています。また透明性と説明責任の強化や偽情報への対処方法に関するエビデンスベースの構築のため、研究者によるデータアクセスの提供を求めるとしています。さらに、デジタルテクノロジー企業やコミュニティに対し、AIが生成した素材の特定、コンテンツや出所の真正性証明、電子透かし、その他の技術を含め、AIが生成した欺瞞から生じるリスクを軽減するための対処策を開発・公開するよう求めています。

目標4. 公平な国際データガバナンスの推進(段落33-42)

クラスター1. データのプライバシーとセキュリティ (段落33-35)

公平で相互運用可能なデータガバナンスの重要性が認識され、AIシステムなどの増加するデータの取り扱いがリスクをもたらす可能性があると指摘され、我々はプライバシーを保護し、合法的で、透明性があり、説明責任を果たす方法でデータを確保しつつ、データ利用の便益を最大化する国際的および国内的なデータガバナンスの枠組みを開発することを約束する、としています。2030年までに、国際的なデータガバナンスの強化や透明性の確保、データの安全性とセキュリティを確保するための枠組みの開発を我々は約束するとしています。

クラスター2. データ交換と基準(段落36-38)

データへの不平等なアクセスと利益の分配を認識し、代表的で相互運用可能なデータ交換と標準がデータへのアクセスを向上させ、データ格差を解消することが重要であると認識されています。2030年までに、データの偏見や人権侵害を防止するためのデータとメタデータの標準を定めると共に、公共の利益のためのデータの使用に関する基準を策定することを約束する、としています。また、国連統計委員会と開発のための科学技術委員会(CSTD)に、政府間のマルチステークホルダー・プロセス[2]を招集して、これらの定義と基準を策定し合意するよう要請されています。

クラスター3. 開発のためのデータ(段落39-40)

開発の進捗を追跡し、目標を定めるためにデータが不可欠であることを認識し、SDGsデータのアクセスと共有を増やすことにコミットしています。2030年までに、特に途上国でデータスキルと責任あるデータ利用の能力を構築するための資金を増やし、細分化されたデータを収集・分析してSDGsの監視を強化することを我々は約束する、としています。また、災害対応を支援するオープンなデータシステムを開発し、環境の持続可能性を推進するための国際的なデータ収集システムを構築することも目指します。

クラスター4. 国境を越えたデータの流れ(段落41-42)

国境を越えたデータの流れはデジタル経済の重要な推進力であり、特に中小企業にとって潜在的な利益をもたらすことを認識する、と記載されています。次いで、2030年までに、信頼できるデータの自由な流れを促進するDFFT (Data Free Flow with Trust)の実施や、関連する課題の解決策の特定と文書化を推進することを我々は約束する、となっています。さらに、地域的・世界的なデータ政策の枠組みを通じて、調和のとれたデータ経済の出現に貢献することが目指されています。

目標5. 人工知能を含む新たな技術を人類のために統治(段落43-51)

ここでは、新興技術によってもたらされる機会とリスクを認識し、人類のために人工知能を含む新技術を統治するための取り組みが述べられています。国際的なAIガバナンスおよびそのためのマルチステークホルダー・アプローチの必要性や、AIの利益を最大限に引き出すためのコミットメントが強調されています。2030年までに、科学的リスク評価を行うAIに関する国際科学パネルの設置や、AIガバナンスに関する年次グローバル対話の開始など、具体的な取り組みが提案されています。また、AIに関する世界基金の設立も提案され、その資金調達(公共、民間、慈善団体からの自発的な拠出により1億米ドル)と運用についての目標が示されています。

フォローアップとレビュー (段落52-65)

本項では、GDCの実施とフォローアップに関する内容をまとめています。異なる国の能力と開発レベルを考慮しつつ、政府主導の取り組みに民間部門や市民社会の協力が不可欠であることが強調されています。また、国際機関やデジタル技術企業、市民社会の参加を呼びかけています。資金調達の重要性や進捗状況の監視、レビューについても触れられています。最後に、GDCのレビューのため、定期的な(2年ごと)ハイレベル会合の開催が提案されています。

 

2. GDCゼロドラフト発表イベント

2024年4月5日には国連本部(米国・ニューヨーク州ニューヨーク市)でGDCゼロドラフトの発表イベントが加盟国代表団向けに開催されました。イベントの模様は、すべてのステークホルダーが視聴できるように中継されました[3]。最初にGDC共同進行役であるChola Milambo氏(ザンビア政府国連常駐代表部)およびAnna Karin Eneström氏(スウェーデン政府国連常駐代表部)から挨拶があり、次いでGDCの概要が説明されました。

その後、22の加盟国およびオブザーバーから意見が述べられました。必ずしも国単位での意見表明とは限らず、数か国からなるグループを代表して意見を述べ、ついで自国として意見を述べた場合もありました。

傾向としては、米国、日本、EUなどは

  • IGFやWSISなどの既存の活動の継続を支持
  • マルチステークホルダーによる協力が必要
  • GDCのために新たな組織やプロセスを作ることは支持しない(もしくは慎重な態度を示す)

これに対し、中国および途上国グループ(G77+中国)は次のように主張しました。

  • 各国の主権を尊重すべき
  • 加盟国主導でコンセンサスに基づくものでなければならない(中国のみ)
  • 既存プロセスの活用だけでなくゼロドラフトでの提案も考慮する

注目すべき意見としては、EUが私企業も含めたデジタル経済における権力集中のリスクについて懸念していることで、同様にイランは独占の禁止が必要と述べています。明記はされていませんが、これらは米国などを本拠地とする巨大テック企業を指すものと思われます。

3. ステークホルダーからのコメント

一連の提案の中で最も物議を醸したのは、2023年5月に提案された、デジタル協力フォーラム(DCF)でした。このフォーラムは、広範な、あらゆるデジタル問題について付託されることを想定しており、基本的にIGFのアジェンダと大きく重複しているように思われましたが、IGFのようにジュネーブを拠点とする、ボトムアップのコミュニティによってではなく、ニューヨークを拠点とするトップダウンの政府間協議で行われることを除けば、このフォーラムの議題は、基本的にIGFの議題と大きく重複するように思われていました。そして、DCFを他の専門機関との一連のハブ&スポーク関係のハブとして位置づけることになりました。この提案に対しては、他のステークホルダーから強い反対があり、結局、この構想は立ち消えとなりました[4]

今後の加盟国との交渉、および政府以外のステークホルダーからの意見聴取、国連事務局のリソース[5]、などの要因で今後内容が削られることを想定して、多めに盛り込んだのではないか、という観測をする人もいました。

目標3.>クラスター2. インターネットガバナンスについては、マルチステークホルダーという言葉が躍っており、各ステークホルダーのコメントが盛り込まれたように一見見えるが、マルチステークホルダーによる協力の必要性は認めているものの、マルチステークホルダーによるガバナンスとは言っていないので要注意、とのコメントがありました[6]

最後の「フォローアップとレビュー」の項では、2年おきにレビュー目的でハイレベル会合を開催するとなっていますが、新たな評価機構の創設には反対するステークホルダーが多いようです。

4. 考察

原則(i)にマルチステークホルダーが入ったのはよかったと思いますが、逆に言うと、政府任せにしては駄目で、すべてのステークホルダーが自分たちができることをやらなければならない、ということでもあります。

目標1の接続性で、「すべての人々をインターネットに接続することを約束、このためには、政府および関連する利害関係者、特に民間部門からの大規模かつ整合のとれた投資が必要」と書かれていますが、筆者の印象は、同様のことが謳われたWSISから20年近くが経って進歩がそれほどない、これといった妙案は見つかっていないことを意味する、というものです。

デジタル公共財とインフラの項で、「オープンソースのソフトウェア、プラットフォーム、データ、標準、コンテンツなどのデジタル公共財は、インクルーシブなデジタルトランスフォーメーションの重要な推進力となる」と記載されています。結構なことでぜひ実現してほしいが、そういったデジタル公共財の維持には費用や人的資源が必要で、それらを今後どう手当てしていくのかについては容易なことではないと思われます。

目標3クラスター1の人権の項で、「デジタル技術に関連する国内法がすべてのSDGsに準拠することを確実にすることを約束する」、と書かれています。日本だけでの適用を想像しても包括的な準拠には膨大な作業量が見込まれ、実現は簡単ではないと考えられます。。

目標3クラスター2のインターネットガバナンスの項では、(特に25および26(b))には我々が2024年3月に意見提出[7]した内容の要点である、次の2点が一部盛り込まれたと考えており、その点は評価します。これらは、JPNICに限らずさまざまなステークホルダーが2月13日の意見聴取および3月8日締め切りのパブリックコメントで意見が述べられて/提出されていました。

  • マルチステークホルダーで協力してグローバルなデジタル協力およびインターネットガバナンスを推進すべき
  • そのためのメカニズムとしては、マルチステークホルダーによる対話の場である既存のIGFを活用すればよい

目標5のAIに関しては、最も力が入っている感触を受けましたが、AIが優先順位一位でよいのか、少々疑問を持ちました。

「フォローアップとレビュー」の項記載のハイレベルレビュー会合の開催(第65項)については、DCFを復活させたいのではないか、という感触を持ちました。第64項では持続可能な開発に関するハイレベル政治フォーラム(High-Level Political Forum on Sustainable Development)がGDCの進捗状況監視およびレビューにおいて果たす役割を認識するとなっており、これは既存のフォーラムであるため、新たな組織や会議を作る提案が通らなくても活用できるようになっているなど、政府間でレビューを進めるべきとの意見に配慮した内容になっていると思いました。

5. 最近・今後の予定

前回ブログ記事「未来サミットに向けた動き」でご紹介したスケジュールから変更となっていますので、ご注意ください。政府以外のステークホルダーがGDCゼロドラフトに関して意見を言える場が4月24日に設けられたのが特筆すべき点です。

イベント

対象

開催日

場所

GDCゼロドラフトの加盟国向け共有

加盟国政府

4月5日

国連本部(米国・ニューヨーク)および動画配信

GDCゼロドラフト第一読会

加盟国政府

4月12日

国連本部(米国・ニューヨーク)

ステークホルダー向け遠隔会議

すべてのステークホルダー

4月24日(水)15時~16時30分(米国東部夏時間)
4月25日(木)4時~5時30分(日本時間)

オンライン

GDCゼロドラフト第二読会(もしくは第一読会の続き)[8]

加盟国政府

5月2日

国連本部(米国・ニューヨーク)

GDCゼロドラフト第三読会(もしくは第一読会の続き)[9]

加盟国政府

5月3日

国連本部(米国・ニューヨーク)

[1] 最初の草案、という意味合いと思われます。

[2] 原文(段落38)においてもintergovernmental multistakeholder processとなっています。

[3] 本稿執筆時点では、録画が視聴できました。https://webtv.un.org/en/asset/k1g/k1ge77ptzl

[4] The UN’s Global Digital Compact: Considerations on the ‘Zero Draft’での解説 https://business.columbia.edu/citi

[5] 主に加盟国分担金の滞納によると思われる国連の財政危機で、国連ジュネーブ事務所でコストカットが実施される予定です。https://www.ungeneva.org/en/about/practical-information/psa-energy-conservation-measures

[6] 2024年4月17日にICANNが開催したWSIS+20アウトリーチネットワークイベントにて登壇者が言及しました。

[7] ブログ記事「未来サミットに向けた動き」でグローバル・デジタル・コンパクトとの関連>3月8日締切の意見募集と書いてあることを指します。

[8] 原典(以下レター)での記述が曖昧なため、特定できません。https://www.un.org/techenvoy/sites/www.un.org.techenvoy/files/Global_Digital_Compact_CoFac_Cover_Letter_Zero_Draft.pdf

[9] 同上

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