インターネットのレジリエンスを左右するさまざまな課題 ~Internet Resilience Instituteの紹介~
dom_gov_team インターネットガバナンス「もしインターネットが世界規模で故障した場合、再起動には何が必要か?」
皆さんならこの問いにどう回答するでしょうか?
この問いは、現在インターネットのレジリエンス向上に取り組んでいるInternet Resilience Instituteの活動の原点となったものです。Internet Resilience Instituteは、情報通信技術分野のコミュニティの育成に取り組む米国の非営利団体、Marconi Societyが設けた専門組織であり、技術・産業・ポリシー分野の専門家を招集し、インターネットのレジリエンスに関する課題の同定や具体的な取り組みを進めています。
JPNICブログでは、このInternet Resilience Instituteについて、2つの記事で紹介します。今回は2024年11月のInternet Resilience Workshopを中心に、その設立の経緯と問題意識を探ります。
Internet Resilience Instituteの誕生とMarconi Society
Marconi Societyとは
Marconi Societyは無線通信の発展に大きく貢献したグリエルモ・マルコーニの娘、ジオイア・マルコーニ・ブラガによって1974年に設立されました。通信技術分野の先駆的な研究者や技術者を顕彰するとともに、現在はデジタル・インクルージョンや新興技術に関する研究・連携・プログラムを推進しています。
Internet Resilience Institute発足の経緯
2024年11月、ワシントンD.C.の米国科学アカデミー(NAS)において、招待制で約30名の専門家が参加する会合 「Internet Resilience Workshop」がMarconi Societyによって開催されました。専門家は学術界、産業界、および技術コミュニティ全般から幅広く招集され、1日半にわたって現在のインターネットの脆弱性や障害発生要因について検討するとともに、新興技術を踏まえてレジリエンスを強化するための具体的な方策について議論しました。このワークショップは参加者の関与を促すため少人数の分科会形式で構成され、各分科会終了後、全員が集まって分科会リーダーによる報告を聴取し、ファシリテーターの進行のもとで議論を行い、共通のテーマや推奨される行動を導き出しました。
このワークショップにおいて議論の出発点となったのは、冒頭にも紹介した「もしインターネットが世界規模で故障した場合、再起動には何が必要か?」という問いです。この問いによって、インターネットレジリエンスはただの技術的な課題ではなく、セクターを超えたガバナンスと説明責任の共有を必要とするグローバルな調整問題であることが浮き彫りになりました。
参加者
このワークショップはチャタムハウス・ルールのもとで実施されました。参加者名は公開されていますが、報告書内の意見や発言は個人や所属には紐付けられていません。
参加者にはTCP/IPの共同設計者として知られるVint Cerf氏や、RFCシリーズを立ち上げたことで知られるSteve Crocker氏、DNSソフトウェアBINDの開発やDNSの拡張などに貢献したPaul Vixie氏、HTTPやQUICなどのWeb基盤技術の標準化を長年主導してきたMark Nottingham氏などが名を連ねました。このほか、AWS、Cisco、Akamai、Cloudflareなどの大手IT企業に加え、ICANN、Internet Society(ISOC)などのインターネットガバナンスに関わる組織、大学・研究機関からも専門家が参加しました。
ここからは、この2024年11月のワークショップで議論された内容を詳しく見ていきましょう。
ワークショップで特定された4つの主要な脅威
システムの複雑化
電力インフラとインターネットインフラの相互依存関係は依存の連鎖を生み出しており、一方が機能するためには他方が不可欠となっています。また、現代のソフトウェア開発手法はますます複雑になっています。アプリケーションは数多くのAPIやサードパーティのサービスに依存していますが、それらのセキュリティは不透明な場合も多いです。
規制圧力の強まり
規制や政策の問題はワークショップにおいて特に差し迫った課題の一つとして取り上げられました。ポリシー上の問題が今後10〜20年にわたり、これまで以上に直接的な形でインターネットの発展に影響を与えると予想されています。インターネットを活用したサービスが普及するにつれて、「問題が発生したらその都度対処する」という技術コミュニティの従来のアプローチは今や政府や利用者から従来どおりには受け入れられにくくなっています。インターネットが経済や国家安全保障のあらゆる側面に及ぼす影響を踏まえ、各国政府は明確な説明責任とインシデントへの迅速な対応を技術事業者に求めています。これらの事柄から、建設的な官民パートナーシップを構築・維持する必要性が明らかになっています。
予防措置に対する資金不足
インシデントへの事後対応策は容易に資金や注目を集める一方で、適切な運用慣行、十分な訓練などによって障害を未然に防ぐという極めて重要な取り組みには十分な資金が充てられていないことが多いです。さらに、ステークホルダー間でインシデントやその原因に関する情報や理解のレベルが異なるため、この課題は一層複雑化しています。
ソフトウェアサプライチェーンの脆弱性
十分な検証や資金的支援を受けていないオープンソースライブラリへの広範な依存が指摘されました。こうした依存関係を適切に把握し、障害時に対応するためには、ソフトウェアだけでなく、それを運用する人材の知識と訓練も必要になります。ワークショップでは、ネットワーク運用者、エンジニア、経営幹部(CIO、CFO、CISO)を主要な対象者とし、熟練者の個人的な経験談、いわゆる「war stories」に依存した知識継承から脱却するため、体系的なトレーニングカリキュラムを開発すべきだと提言されました。
これらの脅威に共通しているのは、インターネットのレジリエンスをプロトコルや機器だけの問題として捉えていない点です。電力など他のインフラとの相互依存関係に加え、ソフトウェア開発、ポリシー、組織の意思決定、人材育成といった技術以外の要素もインターネット全体のレジリエンスを左右していると言えます。
ワークショップで示された9つのテーマ
ワークショップで示された提案は、ベストプラクティス、説明責任、インフラ支援の仕組み、運用慣行、人材育成などに関する以下の9つの包括的なテーマに整理されました。
- ベストプラクティス・フレームワーク/バッジ
- 組織のレジリエンスを評価する共通のフレームワークを設け、成熟度や対応状況をバッジなどの認証によって可視化する。
- 説明責任、主体性、およびリスク管理
- 経営層から現場まであらゆるレベルでレジリエンスに対する責任の所在を明確にし、設計・運用・復旧を含むリスク管理へ組み込む。
- 重要インフラを支援する仕組みの構築
- 広く利用されている一方で資金や人員などのリソースが不足しやすいソフトウェアやサービスを持続的に支援する仕組みを整える。
- 「Always Be Rolling(常時更新)」プログラムの構築と推進
- パッチを自動的かつ継続的に本番環境に適用するとともに、問題発生時に素早く復旧できる運用能力を日常的に鍛える。
- 共同演習と情報共有
- 大規模障害を想定した机上演習を共同で実施し、演習から得られた知見やレジリエンスに関する測定データを安全に共有する仕組みを作る。
- インフラおよびセクター間の依存関係
- 電力、データセンター、水道などインターネットと他の重要インフラの相互依存関係を把握し、連鎖的な障害に備え、その影響を軽減する。
- 教育と人材開発
- 知識を次世代へ引き継ぐため、体系的な教育、訓練、知識共有の仕組みを整備する。
- ガバナンスと国際協力
- 国境を越えるインターネット基盤を守るため、技術組織、政府、産業界による国際的な協力を進める。
- 進化するレジリエンス目標
- 利用形態や脅威の変化に応じて、障害・攻撃・復旧・支援不足という複数の状況を想定し、目標を継続的に見直す。
ここで特に興味深いのは、支援が必要な重要インフラの具体例としてRPKIバリデーターとOpenSSLが挙げられている点です。これらはインターネットの信頼性や安全性を支える重要な基盤ソフトウェアですが、報告書では、これらを持続的に支援する仕組みが必要だと指摘しています。これは、広く利用される基盤ソフトウェアであっても、平常時にはその維持や改善の価値が認識されにくいという、予防的な取り組みの難しさを示す例と言えます。
おわりに
今回はInternet Resilience Instituteについて、活動の出発点となった2024年11月のInternet Resilience Workshopでの議論を中心に紹介しました。そこで示された問題意識から、インターネットのレジリエンスは、プロトコルや機器だけの問題ではないことが分かります。電力など他のインフラとの相互依存関係に加え、人材育成、予防的な取り組みへの資金、政策、組織間の協力など、技術を取り巻く様々な要素がインターネットの安定性を左右しています。
冒頭で紹介した「もしインターネットが世界規模で故障した場合、再起動には何が必要か?」という問いに、単純な答えはありません。しかし、平常時から分野や組織を越えて協力し、必要な技術、人材、資金、運用体制を準備しておくことは重要だといえるでしょう。Internet Resilience Instituteはそのための議論と協力を生み出す場として機能しています。
実際に、2024年のワークショップ以降、ICANN会議をはじめとする国際会議やフォーラムで多様なステークホルダーとの議論を重ね、IGF年次総会でのセッション開催やワーキンググループによる活動を進めています。2026年6月にはその成果として中小企業向けのレジリエンスガイドやインターネットインフラの複雑な依存関係を可視化するレポートも公開されました。次回の記事では、ワークショップで示された課題が、その後どのような活動や成果につながっていったのかを紹介します。
