対話から行動へ ~Internet Resilience Instituteの活動~
dom_gov_team インターネットガバナンス 他組織のイベント前回の記事では、Internet Resilience Instituteの活動の出発点となった2024年11月のInternet Resilience Workshopを中心に、インターネットのレジリエンスを取り巻く課題や、今後取り組むべきテーマについて紹介しました。
その後、Internet Resilience Instituteは国際会議や専門家会合などを通じてさまざまなステークホルダーとの議論を重ねるとともに、ワーキンググループによる取り組みも進めています。2026年6月には、その成果として中小企業向けのレジリエンスガイドやインターネットを支える複雑な依存関係を可視化する取り組みをまとめたレポートが公開されました。
今回は、Internet Resilience Instituteがその後の活動を紹介する公式記事に「From Conversation to Action」という題をつけているように、2024年のWorkshopで示された問題意識が、その後どのような活動や成果物へとつながっていったのかを紹介します。
国際協調のための取り組み
Internet Resilience Instituteは、2024年のWorkshop以降、ICANN、IGF、WSIS+20などの国際会議や独自のブリーフィング、専門家会合を通じて、インターネットレジリエンスに関する問題意識を共有し、多様なステークホルダーとの議論を重ねてきました。これらの活動では、インフラ間の相互依存関係やサプライチェーン、運用上のリスクなどを取り上げるとともに、具体的な対応策の検討も進められています。
- U.S. Council for International Business (USCIB/ 米国国際ビジネス協会)に対し、2024年のInternet Resilience Workshopの報告書に関するブリーフィングを実施
- 2025年のICANN83やICANN84をはじめとする国際会議やフォーラムにおいてさまざまなステークホルダーとインターネットレジリエンスについて協議
- 第20回IGF年次会合において、「Internet Resilience: Securing a Stronger Supply Chain」と題したセッションを主催し、インフラ間の相互関係や運用上のリスクについて取り上げ
- 2025年および2026年のWSIS+20関連イベントにおいてワークショップの開催機会を確保し、持続可能な未来のためのレジリエントなインフラに関する議論を後押し
- オンラインのGlobal Briefingを開催し、インターネットレジリエンスに関する課題や、ワーキンググループによる取り組みについて議論
- 第2回Internet Resilience Institute Experts Workshop and Forumを開催し、さまざまな分野の関係者とシステム上の脆弱性やレジリエンス向上のための具体的な方策を検討
こうした国際会議や専門家会合での議論と並行して、Internet Resilience Instituteでは、議論を実際の活動につなげるため、ワーキンググループによる取り組みも進められています。
2つのワーキンググループとその成果
Internet Resilience Instituteでは、2025年には「Supply Chain Mapping Working Group」と「Hyperscalers Engagement Working Group」という2つのワーキンググループによる取り組みが進められていました。その成果は、2026年にガイドやレポートとして公開されています。
Supply Chain Mapping Working Group
Supply Chain Mapping Working Group (Mapping WG)は、インターネットを構成するシステムや、それを支える外部インフラの間に存在する複雑な依存関係の把握に取り組むワーキンググループです。
2024年11月のInternet Resilience Workshopでも、電力、データセンター、水道など、インターネットと他の重要インフラとの相互依存関係が課題として挙げられていました。インターネット上のサービスは、通信回線やネットワーク機器だけではなく、こうした多くのシステムやインフラの上に成り立っています。
Mapping WGでは、このような普段は見えにくい依存関係を明らかにするため、「Life of a Packet」と呼ばれるマッピングを進めています。
「Life of a Packet」による依存関係マッピング
2026年6月にInternet Resilience Frameworks for Coordinated Global Actionというレポートが公開されました。インターネット上の通信は、さまざまな要素の相互作用によって成り立っていますが、それらの依存関係はとても複雑で、全体像を把握することは容易ではありません。そこで、この取り組みでは実際の通信を一つ取り上げ、それを成立させるために必要な要素を順番に洗い出しています。
このマッピングでは、依存関係を通信に直接関係するサービスや機能、それらを支える物理的な通信インフラ、さらにその外側にある電力や設備・サプライチェーンなどに分けて整理しています。この分類は通信プロトコルの階層を表すものではなく、通信を成り立たせる様々な依存関係を把握するためのものです。
このレポートでは、「南アフリカのケープタウンでモバイル回線でローミング利用しているユーザーが、イギリスのロンドンにいる親とZoomでビデオ通話をする」という具体的なシナリオを取り上げています。このシナリオは、複数種類のネットワークや国境、インフラの階層を横断するため、インターネットを支えるサプライチェーンの複雑さを捉える例として選ばれています。通信が成立するまでに必要なネットワークやデータセンターだけでなく、それらを支える電力や設備、サプライチェーンまで依存関係をたどっています。
さらに、こうして整理した依存関係に障害シナリオを当てはめることで、どこに問題が生じ得るかも検討しています。例えばデータセンターの停電では、UPSや非常用発電機によって電源を冗長化していても、発電機が正常に動作しない、燃料を届けられない、交換部品を調達できない、対応するスタッフが十分に訓練されていない、といった要因によってサービスを継続できなくなる可能性があります。
このように依存関係をたどることで、インターネット上の障害の原因や復旧を妨げる要因が、ネットワークの内部だけでなく、電力、設備の供給、物流、運用を担う人材など、その外側にも存在することが見えてきます。そのため、インターネットのレジリエンス向上には通信事業者や技術者だけではなく、異なる分野の主体が互いの依存関係を理解し、協力して取り組む必要があります。
Hyperscalers Engagement Working Group
Hyperscalers Engagement Working Group(以下、Hyperscalers WG)は、大規模なインターネットサービスを提供するハイパースケーラー(Hyperscaler)が持つレジリエンスに関する知見を、より幅広い組織のレジリエンス向上に活用することを目指すワーキンググループです。
前回の記事で紹介した2024年11月のInternet Resilience Workshopでは、Hyperscalerとの連携が今後の優先事項の一つとして挙げられていました。Hyperscalers WGが扱うテーマは、このとき示された問題意識とも重なっています。
中小企業向けレジリエンスガイド
2026年6月、Hyperscalers WGのフェーズ1の成果物としてBusiness Resilience Guideという資料が公開されました。このガイドの特徴は、大規模なサービスを運用するハイパースケーラーが培ってきたレジリエンスに対する考え方やアプローチをそのまま中小企業に求めるのではなく、その原則を中小企業でも実践可能な形式に落とし込んでいる点です。
中小企業も、決済や在庫管理、顧客との連絡など、多くの業務をインターネットやクラウドサービスに依存しています。一方で、大企業のように障害対応を専門とするエンジニアリングチームや十分なリソースを確保できるとは限りません。つまり、デジタル機能が停止した際の影響が大きいにもかかわらず、その対策に割けるリソースが限られているというギャップがあります。また、中小企業は取引先や顧客として多くの主体と結びついているため、一企業で発生した障害が、より広範な経済ネットワークへと波及する可能性もあります。
そこで、このガイドでは単にレジリエンスの重要性を説くのではなく、中小企業が実際に取り組める手順を提示しています。まず、自社のどの業務がインターネットや外部サービスに依存しているかを洗い出し、想定されるリスクについて、発生可能性と発生時の影響を評価します。その上で、重要度の高いリスクから優先的に対策を検討することで、限られた人員や予算の中でも取り組むべき項目を判断できるようにします。さらに障害時の対応計画を事前に用意し、それが実際に機能するかを演習や定期的な見直しによって確認することも推奨されています。
ガイドでは、以上の流れに沿って取り組めるよう、具体的な行動や、検討のためのフレームワークが数多く提示されています。その一例として、重大なインシデントが発生した際の最初の1時間に取るべき行動を事前にチェックリストとして整理しておくことも推奨されています。具体的には、緊急連絡先リストを取り出す、銀行へ通知するといった行動まで示されています。
このように、Business Resilience Guideはハイパースケーラーと同等の設備や専門チームを求めるものではありません。ハイパースケーラーの知見を、「自社が何に依存しているかを把握する」「優先して備えるべきリスクを見極める」「有事の際の行動を決めておく」といった、中小企業でも比較的始めやすい行動に落とし込んでいるのが大きな特徴です。
なお、このガイドはHyperscalers WGのフェーズ1の成果物として作成されました。現在はフェーズ2に移行しており、より広範なコミュニティによるレビューやフィードバックを得ながら、内容を発展させる取り組みが進められています。
分野を横断するレジリエンスの議論
2026年4月にMarconi Societyの複数のInstituteが参加するExecutive Institutes Forumが開催されました。このForumでは、AIや無線通信などの発展に伴うエネルギー需要の増大や、それを支える物理インフラのレジリエンスについても議論されました。特に、電力網や海底ケーブルなどの物理インフラとデジタルインフラを個別に考えるのではなく、相互に依存する一つのシステムとして捉える必要性が指摘されています。
これは、前述したLife of a Packetの取り組みで扱われていた、インターネットを支える外部インフラとの依存関係という観点とも重なります。このForumでの議論からも、インターネットのレジリエンスがAI、無線、エネルギーなど複数の分野と関係するテーマであることがうかがえます。
おわりに
Internet Resilience Instituteでは、2024年のWorkshopで挙げられた課題について、国際会議や専門家会合で対話を重ねるとともに、ワーキンググループによる実践的な取り組みへとつなげています。さらに、その成果を、中小企業が利用できるガイドや、複雑な依存関係を把握するための枠組みとして形にしている点も特徴的です。
2026年11月4日から6日に開催されるMarconi Societyの年次総会では、Internet Resilience 以外にも、Trust & Safety、Infrastructure & Energyなど議論のテーマも用意されているようです。Internet Resilience Instituteの今後の活動にも注目していきたいところです。
