「未来のインターネットに関する宣言」
dom_gov_team インターネットガバナンス2022年4月28日に発表[1]があり、米国、欧州諸国、オーストラリア、ニュージーランド、日本をはじめとするパートナーが提案し、60ヶ国/地域以上が賛同した、「未来のインターネットに関する宣言」について紹介します。
内容
全部で3ページの文書です。前文では、主に次の2点が述べられています。
- 本宣言のパートナーは、オンラインおよびデジタルエコシステム全体における人権の保護と尊重への約束を確認すること
- 本宣言のパートナーは、民主主義システムを強化し、民主主義的プロセスへのすべての市民の積極的な参加を促進し、個人のプライバシーを保証・保護し、安全で信頼できる接続性を維持し、グローバルなインターネットを分断する取り組みに対抗し、自由で競争力のあるグローバル経済を促進する環境を目指して取り組むことを意図している
本文の構造および概要は次の通りです。
1. インターネットへの期待を取り戻すために:インターネットの成り立ちおよびオープンさ、マルチステークホルダーアプローチによる管理、およびそれらに対する以下の深刻な脅威
- 権威主義的な政府によるオープンなアクセスの制限
- オンラインプラットフォームやデジタルツールによる表現の自由の抑圧
- 国家が後援するサイバー犯罪などの行為
- 各国によるファイアウォール設置やブロッキング実施
- インターネット経済の集中化による個人データプライバシーとセキュリティへの懸念
- 偽情報や外国の悪意ある活動による分断や紛争誘発
2. 我々のビジョン:
- 政府と関係当局が人権を守り、公平な経済的繁栄を促進することを推奨する
- インターネットの未来に関する共通のビジョンに向けて努力することにより、課題に対処すべきである
- 我々はインターネットガバナンスのマルチステークホルダーシステムを保護・強化し、インターネットの技術基盤のセキュリティ、プライバシー保護、安定性、回復力を高いレベルで維持するために協働する
- インターネットは、単一の分散型ネットワークとして運営されるべきで、グローバルに及ぶものなので、政府や関連当局が学者、市民社会、民間企業、技術コミュニティなどと提携するマルチステークホルダー・アプローチによって管理される
- デジタル技術は、信頼できる自由で公正な商取引を可能にし、個々のユーザー間の不当な差別を避け、効果的な選択を保証し、公正な競争を促進し、革新を奨励し、人権を促進し保護する方法で生産、使用、管理されるべきである
3. このビジョンを推進するための原則:
- パートナーは、インターネットとデジタル技術に関して、以下(の4.~8.)に示す一連の重要な原則を支持し、既存の多国間およびマルチステークホルダーフォーラムにおいてこれらの原則を推進し、これらの原則を具体的な政策と行動に移し、各国の国内法および国際法的義務を遵守し、各管轄内で互いの規制自主性を尊重しながら、本ビジョンを世界に普及すべく協働することを意図
- 本原則は法的拘束力を持つものではなく、公共政策の立案者、市民、企業、市民社会組織の参考となるべきもの
4. 人権と基本的自由の保護:
- 世界人権宣言を含む人権、法の支配、正当な目的、非恣意性、効果的な監督、透明性の原則を尊重
- デジタルエコシステム全体で人権と基本的自由を保護・尊重し、救済措置へのアクセスを提供
- ソーシャルスコアカード等の国内社会統制の仕組みや犯罪前の拘束・逮捕を含む、国際人権原則に沿わない不法な監視・弾圧・抑圧のためにインターネットやアルゴリズムのツールや技術を悪用・乱用しない
5. グローバルなインターネット:インターネットシャットダウン、およびネット中立性原則に則り合法コンテンツの遮断をしない、データの自由な流通、研究・技術革新や標準設定における協力促進
6. インターネットへの包括的で安価なアクセス:世界中のすべての人々がデジタル変革の恩恵を受けられるよう、世界中のデジタル・デバイドを解消するための取り組みを支援
7. デジタルエコシステムにおける信頼:サイバー犯罪への対処、悪意のあるサイバー活動を抑止するため協働する、個人のプライバシー、個人データ、電子通信の秘密およびエンドユーザーの電子機器上の情報を保護、競争力のある公正なオンライン市場を促進
8. マルチステークホルダー・インターネット・ガバナンス:主要な技術プロトコルやその他の関連する標準やプロトコルの開発、展開、管理を含む、インターネットガバナンスのマルチステークホルダーシステムを保護・強化
主導国、初期パートナー国、賛同国
立ち上げイベント(後述)がワシントンDCで開催されたことからも明らかなように、主導国は米国で[2]、初期パートナーとして日本、オーストラリア、カナダ、欧州連合(EU)、英国が挙げられており[3]、これらの国々が宣言作成に関与したと思われます。宣言に賛同した国および地域は、初期パートナーも含む以下の61ヶ国/地域です(五十音順、韓国を追加(2023/1/17))。[4]
アイスランド、アイルランド、アルゼンチン、アルバニア、アンドラ、イスラエル、イタリア、ウクライナ、ウルグアイ、英国、エストニア、欧州連合、オーストラリア、オーストリア、オランダ、カーボベルデ、カナダ、韓国、北マケドニア、キプロス、ギリシャ、クロアチア、ケニア、コスタリカ、コソボ、コロンビア、ジャマイカ、ジョージア、スウェーデン、スペイン、スロバキア、スロベニア、セルビア、台湾、チェコ共和国、デンマーク、ドイツ、ドミニカ共和国、トリニダードトバゴ、ニジェール、日本、ニュージーランド、パラオ、ハンガリー、フィンランド、フランス、ブルガリア、ペルー、ベルギー、ポーランド、ポルトガル、マーシャル諸島、マルタ、ミクロネシア、モルディブ、モルドバ、モンテネグロ、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、ルクセンブルク
署名した国/地域の多くは欧州と北米です。署名していないところがどこかということが興味深いのですが、本稿執筆時点では、日本の近隣では台湾、韓国以外が未署名、東南アジアや南アジアはほぼすべて、中東はイスラエルとキプロス以外すべて、アフリカは2ヶ国以外すべて、中央アジアはすべての国が署名していません。ラテンアメリカ・カリブ海諸国では、チリ、メキシコ、ブラジルといった国々が署名していません。欧州においてもスイスとノルウェーが署名していません。
立ち上げイベント後の記者会見では、ホワイトハウス顧問のティム・ウー氏は、立ち上げ後も宣言はビジョンに賛同し原則を守る意思のあるパートナーに対して開かれている、と述べ、次いで米国国務省次官補(国際情報通信政策担当)のルース・ベリー氏が今後賛同国やパートナーの数が増えるのを見たいと発言しているので[5]、今後どのような施策により未署名国に署名を促すのかが注目されます。
EUのプレスリリースには、パートナーは他の政府に宣言への参加を働きかけるとともに、政府以外のステークホルダーに働きかけ、オープン、フリー、グローバル、相互運用可能、信頼できる、安全なインターネットというビジョンを達成するためにパートナーシップを組んでいくだろうとの記載があります。さらに、2022年夏にイベントが開催され、パートナーは、この宣言とその原則がいかにグローバルインターネットの未来を高め、支えることができるかについて、マルチステークホルダーコミュニティと議論する予定であり、このテーマに関するワークショップも今後数ヶ月間にわたって開催される予定であると書かれています[6]。
原案との比較
2021年9月に米国のバイデン政権が考えていることの一部が明らかになった時から、本文書を作成する取り組みがなされており、同年12月にポーランドで開催されたIGF 2021のオープンフォーラムとして、ティム・ウー氏を含めて行ったコミュニティへの相談セッション[7]では多くのコメントが寄せられたとのことです[8]。
この宣言の原案とされる文書がPolitico[9]によってリークされました。同文書「インターネットの未来に関する同盟」[10]では、文書名がメンバーシップによる政府間連合を意味する「同盟(alliance)」となっていたものが、最終的には「宣言(declaration)」となりました。また、権威主義国家による国民のコントロールのツールとしてインターネットを使うという見通しの台頭の例として、中国とロシアという具体的な国家名称が入っていましたが、最終版では削られています。
加えて、原案では具体的に実施すべき事項(以下列挙)が記載されていましたが、宣言では削られています。
- データプライバシー、データセキュリティ、サイバーセキュリティのための高い基準を開発し、実施するための集団的公約
- 技術プラットフォーム規制と情報の完全性に関する協力の公約
- 加盟国間のソフトウェアおよびアプリのオープンで相互運用可能なアクセスの確保、国内規制における無差別化、およびデータのローカライズに関する約束の共有
- サイバーセキュリティの標準とインシデント対応に関する技術協力のためのフォーラムを設立することを約束
さらに、原案とされる文書の末尾に記載された工程表では、最終的に国家元首級の関与について言及されており、さらなる動きがあるかもしれません。
立ち上げイベント
2022年4月28日には大臣級の立ち上げイベントが、米国東部夏時間午前7時30分(日本時間同日20時)より約1時間半にわたり、米国の国家安全保障問題担当大統領補佐官のジェイク・サリバン氏が主催して、[11]オンラインと現地会場のハイブリッドで開催されました[12]。
まずアルゼンチンのアルベルト・フェルナンデス大統領の録画メッセージが流され、その後はライブで最初に宣言起草に関わった国々よりオーストラリア、カナダ、日本、英国、欧州委員会の順にスピーチがありました。日本からは金子総務大臣が日本語でスピーチしたものが同時通訳され、IGF 2023を日本で開催することにも触れられていました。
次に署名国より、ジャマイカ、アルゼンチン、ウクライナ、マーシャル諸島、ニュージーランド、カーボべルデ、コロンビアの順にスピーチがありました。ウクライナからはミハイロ・フェドロフ第一副首相兼デジタル改革担当大臣が英語でスピーチし、ウクライナとロシア間で(本稿執筆時点で)進行中の戦争に触れ、情報や新技術への自由なアクセスは、自由と民主主義の原則に基づく人類の未来の発展のための土台となる、と述べました。台湾のオードリー・タン政務委員(デジタル担当)も遠隔参加していましたが、スピーチはありませんでした。
考察
記載内容については、現在のマルチステークホルダーによるインターネットの運営という考え方を支持していて、全体として好ましいものであると考えます。
当初の同盟を作るという考えに関しては、普遍的なインターネットを守るために一部の国/地域で同盟を形成するというのは矛盾するということにもなり、宣言として出し、追って賛同国を増やすという方策がより妥当だと考えられます。
当初賛同したのは60ヶ国/地域と、国連加盟国が193ヶ国あることを考えると多くなく、今後賛同が増えるか、あるいは賛同ではなく対抗する動きが出てくるかなどについて注視が必要です。
[1] 総務省:https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin06_02000235.html
米国国務省:https://www.state.gov/declaration-for-the-future-of-the-internet https://www.state.gov/launch-of-the-declaration-for-the-future-of-the-internet/
欧州連合:https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/%20en/ip_22_2695
[2] https://www.state.gov/declaration-for-the-future-of-the-internet
[3] https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin06_02000235.html
[4] https://www.state.gov/declaration-for-the-future-of-the-internet
[5] Launch of the Declaration for the Future of the Internet, FPC Briefing, Washington D.C., April 28, 2022 https://www.state.gov/briefings-foreign-press-centers/launch-of-the-declaration-for-the-future-of-the-internet
[6] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/%20en/ip_22_2695
[7] 現地時間で12月9日開催https://www.intgovforum.org/en/content/igf-2021-open-forum-a-conversation-on-the-future-of-the-internet
録画あり https://youtu.be/z1q0_k7gVOQ
[8] https://www.internetgovernance.org/2022/04/29/the-declaration-for-the-future-of-the-internet/
[9] 政治に特化した米国のニュースメディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B3
[10] https://www.politico.com/f/?id=0000017c-e71b-d8e1-a57c-efffa3810004
[11] https://www.state.gov/launch-of-the-declaration-for-the-future-of-the-internet/