国連事務総長による報告書「グローバル・デジタル・コンパクト - すべての人のためのオープン、フリー、安全なデジタルの未来」
dom_gov_team JPNICからのお知らせ インターネットガバナンス背景
2019年6月の「デジタル協力に関する事務総長ハイレベル・パネル」による提言[1]に始まり、2020年に国連事務総長による「デジタル協力のためのロードマップ」[2]発行、2021年9月に発行された「我々の共通課題(Our Common Agenda)」[3]」およびその中に記載されたグローバル・デジタル・コンパクト(GDC)という流れの中、「我々の共通課題」の報告書(Policy Brief) 5としてGDCに関する詳細が記載された報告書[4]が国連事務総長名で2023年5月25日に公開されました。本稿では、この報告書が示すものについて見ていきたいと思います。
デジタル協力という用語は、国連では多用されるものの、ピンとこない方が多いと思います。2020年2月に発行したJPNICブログ「国連「デジタル協力に関するハイレベルパネル報告書」を受けた動き」から定義を再録します。
デジタル協力(Digital Cooperation)とは、社会への恩恵を最大化し危害を最小化するために、デジタル技術の社会的、倫理的、法的、および経済的な影響について取り組むために協同作業を行う方法を意味するとされています[5]。
「我々の共通課題」で記載されたGDCは箇条書きで7点記載されているだけでしたが、本文書では詳細が肉付けされています。なお、「我々の共通課題」の報告書は、GDCの他にも、これまでに以下の4つの報告書が公開されています。
- To Think and Act for Future Generations(将来の世代のために考え行動を)
- Strengthening the International Response to Complex Global Shocks – An Emergency Platform(緊急プラットフォーム)
- Meaningful Youth Engagement in Policy and Decision-making Processes(若者への働きかけ)
- Valuing What Counts: Framework to Progress Beyond Gross Domestic Product(国内総生産(GDP)の向こうへ)
報告書の目的
本報告書では、オープン、フリー、セキュア、人間中心のデジタルの未来を推進するための原則、目的、行動を定めたGDCの策定を提案し、普遍的人権に根ざし、持続可能な開発目標の達成を可能にするものであるとしています。次に、マルチステークホルダーによるデジタル協力が急務である分野を概説し、グローバル・デジタル・コンパクトが、国連創立75周年記念宣言(総会決議75/1)[6]における「デジタル協力に関する共有ビジョンの形成」というコミットメントの実現に、包括的なグローバル枠組みを提供することでいかに役立つかを示している、としています。その後には、デジタルデバイドが未だに残っていること、データやイノベーションの格差はむしろ拡大していること、その背景にはガバナンスの大きな溝があること、などについて触れられています。
その次に、我々はデジタル技術をすべての人の利益のために活用する方法を見つけることが急務であり、その悪用を防ぐための国家的、国際的なガバナンスが必要であり、デジタル技術の不平等が不可逆的なグローバルな溝となるのを防ぐためには、グローバルでマルチステークホルダーな協力が必要である、と謳っています。
次いで、国連事務総長がオープン、フリー、セキュア、人間中心のデジタルの未来を推進するための原則、目的、行動を定めた「グローバル・デジタル・コンパクト」の策定を提案すること、これは普遍的な人権に支えられ、持続可能な開発目標(SDGs)の達成を可能にするものである、と記載されています。
デジタル協力に関する共有ビジョン
GDCの詳細を記述する前に、本文書ではマルチステークホルダーによるデジタル協力が急務である3つの分野について概説しています。
●デジタルデバイドの解消と持続可能な開発目標の推進
- 残された27億人(うち10億人以上が子どもで、そのほとんどが後発開発途上国)がネットに接続できるようにするための協調行動、ブロードバンドとモバイル機器を安価で信頼できるものにするための政策・資金面での投資、そしてグローバルな取り組みが必要であること、が述べられています。
- データを大規模に活用し、グローバルにアクセスできるようにし、国内外の開発計画やプログラム、官民パートナーシップ、電子商取引、技術的起業、資本投資などに活用することが必要であり、そのためには国境を越えてデータとデジタルインフラをプールし、データセットと相互運用性のための標準を構築し、官民の機関からデータとAIの専門家を集めて持続可能な開発目標のための洞察とアプリケーションを構築する「データコモンズ」に対する緊急投資が必要である、との考えが示されています。
●オープン、そして誰にとっても安全なオンラインスペースの構築
- 政府と産業界がデータ収集を最大化するインセンティブと、データとプライバシーの権利を保護する政策と実践のための原則と基準をバランスさせなければならないこと、個人データは、特定された、明示的かつ正当な目的のためにのみ収集されるべきであり、その処理は、妥当でその目的に必要なものに限定されなければならないこと、および利用者は、自分の個人データとデータの使用方法を管理できる必要があることなどが述べられています。
- 自動車、食品、医薬品、玩具などの物理的な産業で使用しているのと同じ安全設計のアプローチと基準を、デジタル技術とプラットフォームに適用しなければならないことが謳われています。
- オンライン上の有害で悪質な行為に対するアカウンタビリティを強化しなければならないことが謳われており、「ビジネスと人権に関する指導原則」[7]は、リスクを評価し、必要に応じて被害を軽減し、救済するためのフレームワークを提供する、との補足があります。
- インターネットのグローバルな性質とそれを支える物理的なインフラを保護しなければならないことが述べられています。インターネットは、長年にわたって確立されたマルチステークホルダー制度によって統治されていること、法律や規制のアプローチは管轄区域によって異なるかもしれないが、積極的な政策の互換性とインターネットの相互運用性を維持するために、協調して努力する必要があることの2点が補足されています。
●人類のための人工知能の統治
- デジタル技術の発展のスピードは、我々のガバナンスシステムに難題を突きつけていること、つまり公共政策プロセスや立法など、過去にうまく機能したツールは、イノベーションが私たちに影響を与える複数の方法を予測するには、あまりにも細分化し、対応が遅すぎることが指摘されています。人工知能(AI)の開発は、このAIと公共間のガバナンスのギャップがいかに危険なものになっているかを示している、と述べています。
- AIやその他の新興技術の応用を検討、評価、調整するためには、グローバルで学際的な対話が必要であることが述べられています。さまざまなステークホルダーによって100以上の倫理的なAI原則が開発されており、AIアプリケーションの信頼性、透明性、説明責任、人間による監督、停止が可能であることなど、多くの共通した考え方があり、これらは、国境を越えて調和され、効果的である必要があること、業界の自主規制だけでは十分ではない、としています。
GDCの詳細
前文では、我々は、国家と非国家主体が共有するデジタル空間の形成に完全に参加し、デジタル領域にわたる相互運用可能なガバナンスを促進・支援するグローバルな枠組みをまだ導入していないが、そうしない限り、デジタル課題への対応は不完全なものとなってしまうだろう、と記載されており、この後詳細が以下の通り記載されています。
ビジョン、目的、範囲
- 共有ビジョン:国際連合憲章[8]、世界人権宣言[9]、2030アジェンダ[10]の目的と原則に基づき、オープン、フリー、セキュアで人間中心のデジタルな未来である、としています。
- 目的:ビジョンを達成するために、マルチステークホルダーによる協力を推進することであり、その行動のための原則と目的を明確に定めること、その実行のための具体的な行動を特定するものである、と書かれています。
- 範囲:国連加盟国が主導し、他のステークホルダーの全面的な参加を得て実施されること、その実施は、デジタルプラットフォーム、民間セクター、デジタル技術に焦点を当てた連合、市民社会団体など、すべての関連するステークホルダーに開かれたものとなること、その原則と目的を支持し、それぞれの政策と実践をこれと一致させることを約束することが、その実施に参加するための要件となること、が謳われています。
目標および行動
以下の項目について、目標と行動についての提案が列挙されており、後者は国連加盟国、多国間機関(IGO)とすべてのステークホルダーとに分けて記載されています。
A. デジタルコネクティビティと能力開発
目標:
- デジタルデバイドを解消し、すべての人々、特に弱い立場の人々を、有意義かつ安価な方法でインターネットに接続する。
- デジタル技術と能力を通じて、人々がデジタル経済に完全に参加し、危害から身を守り、心身の健康と発展を追求する力を与える。
行動(加盟国):
- 電気通信事業者が到達困難な地域に安価な接続性をもたらすことを奨励する政策と新しい財務モデルを導入することを約束する。
- デジタルリテラシーと複数の分野にまたがるスキルのための公教育を強化または制定し、労働者の生涯学習を奨励することを約束する。
行動(ステークホルダー):
- 普遍的で有意義な接続のための共通目標に合意し、それに対する進捗を追跡することを約束する。
- 現在、学校向けに行われている接続性のマッピングと構築を、医療施設や関連する公共機関にも拡大することを約束する。
- 特に女性や少女、地方に住む人々のために、デジタル技術や職業訓練、公共アクセス施設のための行動、補助金、インセンティブを調整することにコミットする。
- 既存のイニシアティブを活用した能力開発ネットワークを構築し、トレーニングコンテンツ、トレーナー、ケーススタディをプールし、共通の能力フレームワークを開発し、持続可能な開発目標のためのデジタルトレーニング標準を提供することにより、2030年までに100万人の「デジタルチャンピオン」を生み出し、その4分の1をアフリカに配置するという目標を設定する。
行動(多国間機関):
- 2030年までにPartner2Connectデジタル連合への公約を1000億ドルとする修正目標を設定(国際電気通信連合(ITU))。
- 2030年までにすべての学校をインターネットに接続するための取り組みを加速(ITUと国連児童基金によるGigaの取り組み)
B. 持続可能な開発目標の進捗を加速させるためのデジタル協力
目標:
- 持続可能な開発目標(SDGs)を達成するための触媒として、デジタル公共財[11]のインフラとサービスに的を絞った投資を行い、デジタル公共財に関するグローバルな知識とベストプラクティスの共有を促進
- データの代表性、相互運用性、アクセス性を高めることにより、データが目標達成のための戦力となることを確実にする
- データ、AIの専門知識、インフラを国境を越えてプールし、目標達成のためのイノベーションを創出
- 地球を守るために、デザインによる環境持続可能性と、グローバルに調和したデジタル持続可能性基準とセーフガードを開発
行動(加盟国):
- ベストプラクティスに基づく設計原則のフレームワークと、安全で包括的かつ持続可能なデジタル公共インフラの定義を、他のステークホルダーと共同で開発
- デジタル公共インフラとデジタル公共サービスのためのグローバルリポジトリーを構築・維持
- 国家間開発援助総額のうち、特に行政の能力開発に重点を置き、デジタルトランスフォーメーションのために合意された割合を割り当て
行動(すべてのステークホルダー):
- 持続可能な開発目標データのギャップの特定を完了し、2030年までに目標追跡データの90%を利用可能にし、一般に公開することを約束
- 国連の複合リスク分析基金や世界気象機関の系統観測資金調達ファシリティーなどを通じて、より早く、より速く、より的を絞った災害緩和や危機対応を可能にするオープンでアクセス可能なデータエコシステムを育成することを約束
- 農業、教育、エネルギー、健康、グリーン・トランジションなどの優先分野におけるゴールのためのデータおよびAIアプリケーションのための共同研究イニシアチブを創出
- 研究者や政策立案者のために、信頼できるオープンな環境データのグローバルなオンラインリソースを構築し、必要なライセンス、品質基準、インフラ、セーフガードとともに、グリーンなデジタル変革を支援することを約束
行動(多国間機関・地域機関):
- デジタル公共インフラとサービスの計画・設計において、政府を支援するプール型資金調達メカニズムを確立
- すべての開発セクターと持続可能な開発目標にまたがるデータとデジタルトランスフォーメーションのための資金を追跡し報告するために、経済協力開発機構の開発援助委員会の任意の目的コードを拡大
- デジタル開発のためのエンドツーエンドのガイドとして、また、持続可能な開発目標の合同信託基金における新たなデジタルウィンドウを活用するためのツールとして、国連が策定するデジタル変革に関する共通の青写真を活用し、常駐調整官と国連の国別チームが支援する国主導のデジタル変革の取り組みを支援
C. 人権擁護
目標:人権を核とした、オープン、セーフ、セキュアなデジタルの未来を実現
- オンライン空間が女性にとって非差別的で安全であることを保証し、テクノロジー分野とデジタル政策立案への女性の参加を拡大することによって、ジェンダー・デジタル・デバイドを解消
- 労働形態に関係なく国際労働権を適用し、デジタル監視、アルゴリズムによる恣意的な決定、労働に対する代理権の喪失から労働者を保護
行動(加盟国):
- 国連人権高等弁務官事務所が推進するデジタル人権諮問機構の設立を約束する。この機構は、人権機構や専門家の活動を基礎として、人権とテクノロジーの問題に関する実践的なガイダンスを提供し、優れた実践例を紹介し、利害関係者を招集して、立法または規制の問題に対する効果的で首尾一貫した対応を模索するものである。
行動(すべてのステークホルダー):
- 地域、国、業界の政策や基準に既存の法的約束を反映させ、女性、子ども、若者、高齢者、障害者、先住民族、民族、宗教、言語の少数派を保護し、デジタル技術から十分に利益を得るための具体策を講じることを約束
- 政府、雇用者、労働者の場合、国際労働機関(ILO)の支援を受け、労働権の擁護に努め、革新的な規制、社会保護、投資政策を通じて有意義かつ公平な雇用機会を促進
D. 包摂的、オープン、セキュア、で共有されたインターネット
目標:
- ユニークでかけがえのないグローバルな公共資産であるインターネットの自由で共有された性質を保護
- 持続可能な開発目標の実施を促進し、誰一人取り残さないために、インターネットの潜在能力を活用するために、説明可能なマルチステークホルダー・ガバナンスを強化
行動(加盟国):
- デジタルデバイド解消の努力に反する包括的なインターネット遮断を回避し、対象となる措置が比例的、非差別的で、透明性のある報告や正当な目的のために必要な場合にのみ、国際人権法に従って実施されることを確保することを約束
- 国連のサイバー外交プロセスにおいて、国境を越えてサービスを提供する重要なインフラや、インターネットの一般的な可用性と完全性を支えるインフラを混乱、損傷、破壊するような行動を控えることを約束
行動(すべてのステークホルダー):
- オープンで相互接続されたインターネットを支えるため、ネット中立性、差別のないトラフィック管理、技術標準、インフラとデータの相互運用性、プラットフォームとデバイスの中立性を支持することを約束
E. デジタルにおける信頼と安全
目標:
- デジタル技術の責任ある利用に関する規範、ガイドライン、原則を策定し、実施するために、政府、産業界、専門家、市民社会全体で協力を強化
- 偽情報、ヘイトスピーチ、その他の有害なオンラインコンテンツに対処するため、デジタルプラットフォームとユーザーに対する強固な説明責任基準および基準を策定
- グローバルなサイバーセキュリティ人材を育成・拡大し、信頼できるラベルや認証制度、効果的な地域・国の監視機関を整備
- 女性と女児にとってより平等でつながりのある世界を実現するために、デジタル政策や技術設計においてジェンダーを主流とし、ジェンダーに基づく暴力に対するゼロトレランスを確保
行動(すべてのステークホルダー):
- デジタルプラットフォーム上の有害なコンテンツに取り組み、安全な市民空間を促進するために、以下のような共通の基準、ガイドライン、業界の行動規範を開発することにコミットする:
- 異なる管轄区域からのオンライン安全担当責任者同士は、表現の自由と情報へのアクセスを尊重しつつ、危害から保護するための共通の理解とベストプラクティスを開発するために協力すべき
- ソーシャルメディアプラットフォームは、業界全体で合意された基準の遵守を保証するソーシャルメディア協議会などの共同規制メカニズムにコミットし、それを導入するべきである。メカニズムの基礎となる基準は、デジタルプラットフォームにおける情報の完全性のための行動規範を提案し、国連教育科学文化機関(UNESCO)が主催するグローバル会議「Internet for Trust – Towards Guidelines for Regulating Digital Platforms for Information as a Public Good」[12]での議論から利益を得ることができる
- ジェンダー平等のためのテクノロジーとイノベーションに関する行動連合など、マルチステークホルダー連合は、女性と女児に対するオンライン暴力の標準測定と、被害のパターンをよりよく測定、追跡、対策するための方法論の開発を支援すべき
- 子どものニーズは、年齢に応じたデザインやアクセスなど、安全に関するポリシーや基準において優先されるべきであり、プラットフォームは子どもに与える影響の評価やデータを規制当局や研究者と共有しなければならない
F. データ保護とエンパワーメント
目標:
- すべての人の利益のために、そして人々やコミュニティに害を与えない方法でデータが管理されるようにする。
- デジタルプラットフォームからオプトインまたはオプトアウトするためのオプションとスキル、およびトレーニングアルゴリズムへのデータの使用を含め、人々が自分の個人データを管理しコントロールするための能力とツールを提供する。
- 安全・安心なデータフローと包括的なグローバル経済を実現するため、知的財産権を十分に尊重し、データの質、測定、利用に関するマルチレベルで相互運用可能な標準とフレームワークを開発する。
行動(加盟国および地域機関):
- 例えば、サイバーセキュリティと個人データ保護に関するアフリカ連合条約や欧州連合一般データ保護規則に基づき、個人データとプライバシーの保護を法的に義務付ける。このような規定には、以下のようなものがある:
- データの使用方法に関して、意味のある同意と選択肢を市民に与える。
- 独立した、一般にアクセス可能なオンブズパーソンやその他のフィデューシャリー(受託者)によって、法的保護を補完する。
- データ主導の決定、相互運用性、ポータビリティを確保するための透明性、振る舞いの操作や差別に対する保護を明記したデータ権に関する宣言の採択を検討する。
- 「効果的な多国間主義に関するハイレベル諮問委員会(High-Level Advisory Board on Effective Multilateralism, HLAB)」[13](以下、ハイレベル諮問委員会)が、新しい「データのための国家間の10年」において、グローバル・データ・コンパクトを通じたデータガバナンスの原則について一致を求めるという呼びかけを検討すること。
行動(すべてのステークホルダー):
- 相互運用性、データの種類に応じたデータへのアクセス、データの品質と測定のための共通の定義とデータ標準を開発し、その監視と実施にコミットする。
- オプトアウトの選択、相互運用性の向上、データポータビリティ、暗号化オプションなど、個人データの使用に関する人々の主体性と管理能力を高めることにコミットする。
- 2030年までに加盟国が採択するためのグローバル・データ・コンパクトのマルチステークホルダーによる開発に関する、ハイレベル諮問委員会の勧告を考慮すること。
G. AIや他の新興技術の迅速なガバナンス
目標:
- AIやその他の新興技術の設計と使用が、透明性、信頼性、安全性、そして説明可能な人間の管理下にあることを保証
- AIシステムが内包しうるリスクを特定し対処する政府の責任と、AIシステムを開発する研究者や企業のリスクを監視し、透明性をもって伝達し対処する責任を考慮し、透明性、公平性、説明責任をAlガバナンスの中核とする。
- 国際的な指針や規範、各国の規制の枠組み、技術的な標準を、AIの機動的なガバナンスの枠組みに統合し、国境、業界、セクターを越えて、学んだ教訓や新たなベストプラクティスを活発に交換
- 規制当局の場合、デジタル、競争、税制、消費者保護、オンライン安全、データ保護政策、労働権などを横断的に調整し、新たなデジタル技術と私たちの人間的価値との整合性を確保
行動(加盟国):
- AIシステムの安全性、公平性、説明責任、透明性、解釈可能性、信頼性、人間の価値観との整合性を確保するためのグローバルな共同研究開発努力を産業界とともに早急に開始する。また、AIへの投資のうち、最小限の割合をAIガバナンスとAIシステムが人間の価値観に沿ったものであることを保証することを義務付けることを検討すべきである。
- この点で、加盟国は、ハイレベル諮問委員会による、ガバナンスのないAIの進化から生じうる実存的リスクに関する研究と事前準備にインセンティブを与えるための基金を開発するという勧告を考慮すべきである。
- グローバル・データ・コンパクトの枠組みで、AIに関するハイレベルな諮問機関を設立する。
- この機関には、加盟国の専門家、関連する国連機関、業界代表、学術機関、市民団体などが含まれ、地域、国、業界の新たなAIガバナンスの取り決めについて検討するために定期的に会合を持つことができる。
- 倫理、安全、その他の規制基準をどのように整合させ、相互運用可能にし、普遍的な人権と法の支配の枠組みに準拠させるかについての視点を提供することができる。
- 諮問機関は、その審議結果を公に共有し、関連する場合には、国際的に合意された措置や基準の選択肢を含め、AI技術のガバナンスに関する勧告やアイデアを提供することができる。
- 技術開発者及びその他の利用者が、特定の環境においてAl由来のツールの設計、実装及び監査のために、適用可能で親和性のあるガイダンスを確保するために、業界団体と合意し、分野別のガイドラインを開発する。国連教育科学文化機関(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization, UNESCO)のAIの倫理に関する勧告や、世界保健機関(World Health Organization, WHO)の健康のための人工知能の倫理とガバナンス(Ethics and Governance of artificial intelligence for health)のような、関連する国連の機関:WHOのガイダンスは、分野別のデューディリジェンスと影響評価の策定において、利害関係者を支援することができる。
- 人権・倫理チームや学際的かつ独立した監視委員会の設置、AIシステムによる被害事例の記録・報告、教訓の共有、救済措置の策定など、透明性と説明責任を強化することを技術開発者やデジタルプラットフォームとともにコミットする。
- AIやその他の新興技術に基づくシステムの規制や公共調達が、インクルージョン、安全、セキュリティ、リスク発生時の迅速な対処を保証するために、ハイレベル諮問委員会が指摘した司法能力を含む、公共部門における分野横断的かつ複数の利害関係者による規制能力の構築にコミットすることである。
- 国際人権法の下で潜在的または実際の影響を正当化できない技術アプリケーションの使用を禁止することを検討する(必要性、区別、比例性のテストに失敗したものを含む)
H. グローバルデジタルコモンズ
目標:
- 持続可能な開発を可能にする方法でデジタル技術を開発し、管理し、人々の力を引き出し、リスクと害を予測し、効果的に対処する。
- デジタル協力が包括的であることを確認し、すべての関連するステークホルダーがそれぞれの権限、機能、能力に応じて有意義な貢献をすることができるようにする。
- 我々の協力の基礎は、国連憲章、持続可能な開発のための2030アジェンダ、普遍的に認められた人権と国際人道法の枠組みであることに合意する。
- 国家、地域、産業分野、課題を超えた定期的かつ持続的な交流を可能にし、教訓やベストプラクティスの学習、ガバナンスの革新と能力を支援し、デジタルガバナンスが我々の共通の価値観に継続的に合致していることを確認することができる。
行動(すべてのステークホルダー):
- ガバナンスと規制の経験を共有し、国際的な原則と枠組みを各国の施策や産業界の慣行と整合させ、規制能力を向上させ、技術の急速なペースに対応するための機動的なガバナンス手段を開発することにコミットすること。
- グローバル・デジタル・コンパクトで示された原則、目的、行動を、持続的かつ実践的なマルチステークホルダー協力の枠組みを通じて、以下【執筆者注:次項「施策、事後の振り返り、評価」を指すと思われる】のように推進することを約束する。
施策、事後の振り返り、評価
本項では、GDCを実施するための仕組みの施策、つまり機構について主に述べられています。GDCの施策として、次の2本の柱が想定されています。
マルチステークホルダーによる実施
グローバルな枠組みは加盟国によって推進されるべきであるが、民間セクターや市民社会の関与が不可欠であるというハイレベル諮問委員会の見解を著者(国連事務総長)は共有する、とあります。また、マルチステークホルダーによる機敏なアプローチが不可欠であり、硬直的で動きの鈍い官僚的な構造を作らないようにしなければならない、とも記載されています。その次には、民間セクター、特に中小企業、新興企業など、および市民社会などの参加が包摂的であるべき、と謳われています。若者の参加についても触れられています。
デジタル協力フォーラム
中心的な施策として、毎年「デジタル協力フォーラム」(以下「DCF」)を開催することが打ち出されています。DCFの機能は以下の通り想定されています。
- 合意されたグローバル・デジタル・コンパクトの原則と公約の実施について議論し、レビューする
- デジタル・マルチステークホルダー・フレームワークを通じた透明性のある対話と協働を促進し、適切な場合には努力の重複を削減する
- デジタルに関する主な傾向について、証拠に基づく知識と情報の共有を支援する
- デジタル・ガバナンスに関する教訓を蓄積し、国境を越えた学習を促進する
- 新たに出現したデジタル課題およびガバナンスギャップに対する政策的解決策を特定し、推進する
- ステークホルダーの個別・集団的な意思決定と行動のために、政策の優先順位を明らかにする
DCFは、既存のフォーラムやイニシアチブをハブ・アンド・スポーク方式で受け入れ、マルチステークホルダーによる行動が必要なギャップの特定を支援する、とあります。「例えば、インターネットガバナンスの目標と行動は、インターネットガバナンスフォーラム(IGF)や、Internet Corporation for Assigned Names and Numbers (ICANN)やInternet Engineering Task Force (IETF)などの関連するマルチステークホルダー組織によって引き続き支援される。」とあるので、既存のフォーラム、例えばIGFなどに取って代わる訳ではないようです。
DCFの議題の作成支援のため、国家、非国家、国連の参加型ステークホルダーの多様で代表的なグループからなる三者構成諮問グループを設立するとなっており、併せてステークホルダーからの投稿を受け付け、一般に公開されるデジタル・プラットフォームを通じて提供されたインプットを基にした、国際連合事務局が提供する年次報告書によって情報を得ることになるとされています。
DCFは行動指向で、かつ実践的な取り組みを促進するものということで、デジタル・ガバナンス[14]の進捗状況とギャップの評価と伝達、相互学習と交流の促進、新興技術における主要な傾向と課題の抽出(現在よりもはるかに速いスピードで)に重点を置くことになる、としています。
DCFの他に、AIに関する諮問委員会や、デジタル上の人権に関する諮問機構なども以下のインフォグラフィック[15]では触れられていますが、本文書の本文では施策のところに記載されているとは限らず、後2者は目標及び行動のところで触れられています。これら3点が最重要機構ということになり、デジタルデバイドはDCFで扱われることになるのでしょう。
今後の予定
本文書の図4として掲載されているGDCに関する年表によれば、今後次のように予定されています。課題文書がどういうものか、交渉とは誰と誰の交渉なのかなど、詳細は記載されていませんが、今後明らかになるまで待つことになるのでしょう。
2023年6月~8月: | 共同進行協議に基づく課題文書の策定 |
2023年9月: | 閣僚会合で課題文書を発表 |
2023年後半~2024年第2四半期: | グローバル・デジタル・コンパクトに関する交渉 |
2024年9月: | 未来サミット[16] |
2025年: | 世界情報社会サミット(WSIS)20周年評価[17] |
この年表には記載されていませんが、今年2023年には、SDGサミットが開催され、2024年には未来に関する協定(もしくは条約)(Pact for the Future)が採択されることになっています[18]。
考察
政府間組織(IGO)である国連が物事を進めようとすると、必然的に多国間主義となるというのが本文書を読んだ上で感じたことです。具体例は、加盟国はこうすべき、が先に来ることです。とはいえ、実行には多国間機関と各国政府以外の参加も必要であるため、実行にはそれらのステークホルダーの手を借りる必要がある、という建て付けになっていると思います。
我々技術コミュニティとしては、協力は惜しまないというスタンスを取るのではないかと思いますが、どのようにGDCが進んでいくのか、今後も注視が必要だと考えます。目標・行動のところと、施策のマルチステークホルダーによる実施のところを併せて考えると、国連が多国間で決めた方針通りにマルチステークホルダーで実行せよ、と言っているようにも取れると考えますので、「インターネットの潜在能力を活用するために、説明可能なマルチステークホルダー・ガバナンスを強化」(「D. 包摂的、オープン、セキュア、共有インターネット」中の目標の一つ)の中の加盟国および政府間組織の行動として、技術コミュニティを含むすべてのステークホルダーの意見を十分聞く、そのための機会を設ける、という項目を追加すべきではないか、と思います。
課題文書と交渉が終わり、最終的にGDCが固まってDCFが開催されるようになるとどうなるのか、ということは現時点では想像がそれほど容易ではないと思いますが、3つの共有ビジョン(デジタルデバイド、人権、AI)に関しては、本文書に書かれたことがどのように実現するかについて注視したいと考えます。インターネットガバナンスおよびIGFに対する影響については、DCF設立によるIGFへの影響について、注視が必要だと思います。
スケジュールを見る限りでは、未来サミット開催と同時にGDCの内容が確定し、サミット終了時にはおそらく協定/条約中にGDCが関連づけられていると思いますので、大々的に各ステークホルダーへの働きかけが開始する、という予定となっているように思えます。そこに到達するまでに残された時間はそれほどないのではと思いました。
[1] The age of digital interdependence, Report of the UN Secretary-General’s High-level Panel on Digital Cooperation, https://www.un.org/en/pdfs/DigitalCooperation-report-for%20web.pdf
[2] Secretary-General’s Roadmap for Digital Cooperation, https://www.un.org/en/content/digital-cooperation-roadmap/assets/pdf/Roadmap_for_Digital_Cooperation_EN.pdf
[3] https://www.unic.or.jp/news_press/info/42716/
[4] Our Common Agenda Policy Brief 5: A Global Digital Compact — an Open, Free and Secure Digital Future for All, https://www.un.org/sites/un2.un.org/files/our-common-agenda-policy-brief-gobal-digi-compact-en.pdf
[5] 同上 p.4
[6] United Nations, Resolution adopted by the General Assembly on 21 September 2020, https://undocs.org/A/RES/75/1
[7] ビジネスと人権に関する指導原則(Guiding Principles on Business and Human Rights):国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために, https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/
[8] https://www.unic.or.jp/info/un/charter/text_japanese/
[9] https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/udhr/
[10] 2015年の「持続可能な開発サミット」で採択/国連総会で決議された、17の持続可能な開発のための目標(SDGs)を中心とする行動計画。 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/000101402_2.pdf
[11] オープンソースソフトウェア、オープンデータ、オープンなAIモデル、オープンな標準、オープンなコンテンツのことを指します。 https://www.un.org/techenvoy/content/digital-public-goods
[12] https://www.unesco.org/en/internet-conference
[13] https://highleveladvisoryboard.org/waysofworking/
[14] AIなど、必ずしもインターネット上とは限らない対象が出てきたためか、デジタルガバナンスという言い方も国連などでされるようになってきています。
[15] https://www.un.org/techenvoy/sites/www.un.org.techenvoy/files/Global_Digital_Compact_Policy_Brief_Infographics.pdf
[16] The Summit of the Future in 2024, https://www.un.org/en/common-agenda/summit-of-the-future
[17] WSIS+20 and IGF+20 Review by the UN General Assembly (2025), https://www.intgovforum.org/en/content/wsis20-and-igf20-review-by-the-un-general-assembly-2025
[18] 16に同じ。