国連未来サミット、未来のための約束、グローバル・デジタル・コンパクト
dom_gov_team インターネットガバナンスはじめに
JPNICでは主にJPNICブログを中心に、国連で制定されるグローバル・デジタル・コンパクト(GDC)の起草過程を注視し、適宜情報提供を行ってきました。過去の関連記事を以下に示します。
2023/01/13 グローバル・デジタル・コンパクト
2023/06/09 国連事務総長による報告書「グローバル・デジタル・コンパクト - すべての人のためのオープン、フリー、安全なデジタルの未来」
2024/02/27 未来サミットに向けた動き
2024/04/23 グローバル・デジタル・コンパクトの草案を読み解く
GDCは国連事務総長が2021年9月に発表した「我々の共通課題(Our Common Agenda)」に示された12のコミットメントのうちの一つであり、2024年9月22日、23日に開催された国連未来サミットにおいて採択される「未来のための約束 (Pact for the Future)」の付属書の一つとして確定しました。
本稿では、このたび確定したGDCを、未来のための約束の中の位置づけも含め、概要をご紹介します。
国連未来サミット
国連未来サミットは、国際協調によりSDGs など国連で合意された目標の達成や新たな課題に効果的に対応していくことを確認することを目的(ここまで以下にリンクを示す外務省概要ページの表現を拝借しています)に、国連総会の一部として開催された元首級会議(サミット)です。日本からは岸田総理大臣が出席され、法の支配の貫徹、人間の尊厳の擁護を始めとする7点を旨とした演説を行いました(外務省概要ページ)。国連総会の一部であるため、「未来のための約束」は国連総会の決議として採択されています。
UN Photo/Loey Felipe https://media.un.org/photo/en/asset/oun7/oun71064063
未来のための約束
「未来のための約束 (Pact for the Future)」は、国連未来サミットの成果として採択されたものですが、国連未来サミットの目的を反映して、国連全体、国際社会全体に関する課題が記述されています。具体的には5分野56項目にわたり、国連および加盟国が約束するべきコミットメントが示されています。まず5分野とそれぞれの項目数を示します。
- 持続可能な開発と開発のための財務 (Sustainable development and financing for development) (12項目)
- 国際平和と安全保障 (International peace and security) (15項目)
- 科学、技術、革新とデジタル協力 (Science, technology and innovation and digital cooperation) (6項目)
- 若年層と今後の世代 (Youth and future generations) (4項目)
- グローバルガバナンスの変革 (Transforming global governance) (19項目)
5分野にわたる56項目はそれぞれ「アクション」として採番されており、項目名は1行程度の文で示されます。どのような項目が並んでいるかは、「未来のための約束」の文書冒頭の目次に項目名が並んでいますので、概要を掴むにはこの目次部分を読んでいくというのが効果的です。分野3と分野4に関して項目数が少ないのは、それぞれ付属書1であるGDC、付属書2の「今後の世代に関する宣言 (Declaration on Future Generations)」を参照しているからと考えられます。
項目を順次読んでいくと、国連が取り扱う課題が網羅的に挙げられていることが分かります。分野5「グローバルガバナンスの変革」においては、総会、安全保障理事会、経済社会理事会をはじめとする国連の会議体に関する変革が挙げられており、最大項目数を数える結果となっています。
2024年04月23日に公表したJPNICブログ「グローバル・デジタル・コンパクトの草案を読み解く」では、GDCの草案初版、いわゆる「ゼロドラフト」に関してご紹介しましたが、起草作業はGDCだけではなく、「未来のための約束」全体として進みました。Pact for the Future – Revisions ページには、採択された最終稿に至る(ゼロドラフトの次の)第1版から第4版までが並んでいます。つまり第4版に至ってもコンセンサスに至らなかったことが分かります。最終稿が未来サミットの席に持ち込まれた後も、ロシア、イラン、北朝鮮、シリアを含む国々による改版提案が提出され、この改版提案を勘案しないということに対してコンセンサスが得られた、という形で確定した旨が、決議採択を知らせるアナウンスメントで示されています。
GDCに対する大きな懸念
今回GDCは国連の元首級会議の成果文書の一部ですが、現在に至るまで国連やその専門機関におけるインターネットガバナンスに関する議論では、ITUなどの政府間機関が自治状態にあるインターネット基盤の運営機構に対して監督権限を持つべきだなどとするテキストが提案されながら、そのような提案が成果文書採択までの間に反対を受けて取り下げられる、のようなやり取りを繰り返していました(JPNICの「国際機関とインターネットガバナンス」ページ参照)。
これに加えて、ゼロドラフトの前段階、2023年4月に公表された「ポリシーブリーフ5」と呼ばれる政策文書が、技術コミュニティの懸念を大きくしました。インターネットガバナンスフォーラム(IGF)の設置を定めた2005年世界情報社会サミット(WSIS)の成果文書、チュニス・アジェンダでは、マルチステークホルダー主義が明確に掲げられ、政府、プライベートセクター、市民社会などのステークホルダー領域とともに、技術コミュニティが明確に認知されていたにも関わらず、2024年4月に公表された「ポリシーブリーフ5」では技術コミュニティが市民社会の一部であるかのような書き方になっていたのです。これに関しては、ICANN、APNIC、ARINのCEOたちが連名で公開声明を発表し、これに抗議しました。
このような経緯から、GDCの起草プロセスにはこれまでよりも大きな関心が集まり、草案各版が公表されるたびに、差分確認や分析を行い、必要な働きかけ、コンサルテーションセッションにおける意見表明の検討などを行うグループがいくつかありました。そのようなものの一つが、JPNICも加入している「マルチステークホルダー主義を支持する技術コミュニティ連合(TCCM)」です。TCCMがGDCに関して表明した意見にはJPNICはすべて署名しています(2024/06/25) (2024/08/08) (2024/08/23)。
GDCの内容・全体
「未来のための約束」の付属書であるGDCですが、GDCの改版経過に関して、特化した改版経過ページ Global Digital Compact – Revisions がありますので、こちらをご参照ください。本稿では、ブログ記事 グローバル・デジタル・コンパクトの草案を読み解く で紹介したゼロドラフトと最終版の比較を中心に、その概要をご紹介します。
第7項に示される五つの目標(Objectives)を以下に示します。
- すべてのデジタルデバイドを解消し、持続可能な開発目標(SDGs)の進捗を加速
- デジタル経済による包摂(インクルージョン)の機会と便益を拡大
- 人権を尊重し保護し推進する包括的でオープン、安全かつセキュアなデジタル空間を育成
- 責任があり公平で相互運用可能なデータガバナンスアプローチを推進
- 人類の便益となる国際人工知能(AI)ガバナンスの推進
ゼロドラフトからの変更部分に下線を施しました。ゼロドラフトにしたためられた基本線に対して、記述を拡充していることが読み取れます。AIに関する最終項目は大きく書き換えられています。
第8項に示される原則(Principles)は10項目から13項目に増えており、以下の通りです。ゼロドラフトでは各項目の記述の冒頭で短いフレーズで端的に示されていましたが、最終版では端的なフレーズは消えてしまい、文章での記述となりました。
- 包摂的
- 開発重視
- 人権に基づく
- 男女平等と女性のエンパワーメント
- 環境的に持続可能
- デジタル経済への意味ある包摂
- データとデジタル技術へのアクセス性と入手可能性
- 相互運用性
- 責任と説明責任
- 革新・創造性・競争
- マルチステークホルダー
- パートナーシップの強化
- 未来志向
ゼロドラフトでは同様に大きな違いがみられるものに下線を施しましたが、項目構成が組み替えられているものもあります。ゼロドラフトで示された全体的な方向性を大きく変えるものはなく、表現が大幅に拡充されています。
原則以降、各目標が必要に応じてクラスター分け(最終版ではこのクラスターという言葉もなくなってしまっていますが、便宜上ここでの説明では使わせていただきます)された上で、現況認識とコミットメントが示されていく方式です。目標と原則の説明で述べた通り、ゼロドラフトの方向性で表現の拡充や具体化が施されていますので、内容の概括に関してはグローバル・デジタル・コンパクトの草案を読み解く をご参照ください。その上で、いくつかゼロドラフトから最終版までの間に意味的に付け加えられたものがありますので、以下に示します。
- 目標1(デジタルディバイド解消)・接続性クラスターで、ユニバーサルアクセス推進におけるITUの重要な役割が指摘された
- 目標1・接続性クラスターで、アクセス手段としてLEO(低軌道衛星)を意識してか、衛星アクセスが言及された
- 目標1・デジタルリテラシークラスターで、財務強化に対する国際協力推進の重要性が加筆された
- 目標4(データガバナンス)において新たに「相互運用可能なデータガバナンス」というクラスターが追加されて、開発のための科学技術委員会(CSTD)に専門の作業部会を設置して国内、地域内、国際レベルのデータ保護やデータ交換に関する政策を検討するよう求めるなどの、データガバナンスに関する取り組みの記述が加えられた
- AIに関する目標5は、目標名とともに各項目の内容も大幅に改版。開発推進の大きな起爆材となり得る一方で、リスクも大きくはらむAIに関して、国際的にあらゆるステークホルダーが課題整理を行い、国際人権法などを尊重した利用推進ができるように取り組む必要があること、発展途上国における推進には国際協力が必要なこと、AIシステムに対する人間の監視には透明性や説明責任が必要であることを指摘した上で以下をはじめとする項目をコミットメントに掲げた
- 国連のなかに、既存の取り組みを巻き込んで学際的な独立国際専門家パネルを設置し、影響・リスク・効果などの総合的な評価を行うこと
- AIガバナンスに関するグローバル対話を政府や関連ステークホルダーによって設置すること
- これらの組成を国連総会の議長に要請すること
- 他の標準化団体にも参加協力を要請すること
- 能力開発に関してこれらに対する投資をプライベートセクターや慈善団体にも要請するべく第79回国連総会(2024年開催)に提案すること
全体の印象としては、デジタルトラストと安全性、情報真正性、国際データ利活用など、個人や事業者がインターネットを活用する上で今問題や課題を多く抱えている領域に対して、意欲的なコミットメントが並んでおり、なおかつ、プラットフォーム事業者、技術専門家、研究者に最終的に向けられる要請が多くなっている割には、これらのステークホルダーへの説明が十分なされたとは言えず、これらのステークホルダーでの受け止め方が気になるところです。
GDCの内容・インターネットガバナンスに関連する部分
全体の中から、目標3(デジタル空間への包摂)の中にはインターネットガバナンスというクラスターが存在しており、JPNICやインターネット技術コミュニティは最も注視していましたが、問題となりそうな記述は見当たりませんでした。以下に抄訳を示します。
- インターネットは包摂的で公正なDX実現のために欠かすことのできない設備であり、オープン、グローバル、相互接続可能、安定、安全を旨に運営するべき
- インターネットガバナンスはグローバルでマルチステークホルダーを旨とし、政府、プライベートセクター、市民社会、国際組織、技術コミュニティ、学術コミュニティをはじめすべての関係するステークホルダーがそれぞれの役目や責任の観点から参加するべき
- 世界情報社会サミット(WSIS)の成果を再確認する。拡大協力(Enhanced Cooperation)との関連も含まれる
- インターネットガバナンスフォーラム(IGF)をインターネットガバナンスに関する議論の主要なマルチステークホルダープラットフォームとして確認し、引き続き発展途上国からの政府や他のステークホルダーの多様な参加と、そのための任意寄付を推進する
- インターネット分断のリスクに適時的に対処、防止するための、すべてのステークホルダーを含む国際協力を推進する
- インターネットシャットダウンや、インターネットアクセスを狙った方法論の利用を差し控える
1点下線を付したように、WSISチュニスアジェンダで言及された「拡大協力」という言葉が盛り込まれました。この言葉は、インターネットガバナンスに対する政府の更なる関与を指し示すという解釈も存在しながら、全員が同じ解釈を共有しない、いわば「玉虫色」な言葉です。この部分の解釈で今後議論の余地が存在することになりますが、大きな影響にはならないのではないかと見ています。
また、IGFに関しては最終章「フォローアップとレビュー」でも言及され、毎年開催されるWSISフォーラムと同様に、GDCコミットメントを進めるための主要なフォーラムであるとしています。
おわりに
GDCを説明するのが本稿の目的ですが、それを包含する「未来のための約束」から説明しました。「未来のための約束」はまさにSDGsを中心に国際社会のアジェンダを推進するための、国連の全体的な政策が示されているわけですが、本文部分36ページに対して付属書であるGDCには16ページが費やされており、現在の国際政策の中でのデジタル政策の占める重要さが分かります。インターネット関係者としてはインターネットガバナンス部分に最も大きな関心があるわけですが、それはGDCのほんの一部であり、大きな部分をトラスト、情報真正性、国際データ利活用、AIが占めているというのは、今のデジタル技術の問題を適切に反映しているものと考えます。
今後GDCは、今年の国連総会での議論や、来年の国連総会におけるWSIS+20レビューをはじめとするいろいろなプロセスに参照されていきます。今後も国際機関におけるデジタル政策・インターネット政策の議論に注視してまいります。